山彦試聴の術


 山彦は声に応じて跳ね返ってくるが、この術は、その返って来る声の大きさと速度を計って、対象の山や樹木(個人の組織)の質を見極めようとする内容を持っている。すなわち、本当の声を出すのではなく、偽りの声を放って、その反応を聞くことに術の主点があるから別名を試聴の術とも言う。

 忍者の将はその組織内に、一片といえども疑いの影をひく人間の存在を許すことは出来ない。許す場合は、後に謀計術で説く反間の術の材料として、知ってなおかつこれを利用する目的で見逃している場合に限る。兵家として、自己の陣営内に敵の忍者のあることを許さないのは常識であるが、戦国乱世の世の中では誰が敵の忍者であるかを、普通の手段で見破ることは極めて困難である。

 そのため考案されたのがこの山彦試聴の術なのだ。その用術には、直接、間接の二法がある。直接法は、まず試さんとする者に、本人自身が二人きりの所で偽情報を発する。しかして後に見方の忍者に命じて、その偽りの情報が敵将に伝達されたかどうか、敵にその偽情報に対応する動きがあったかどうかを調査させる。その反応がスピーディーであり数が多ければその者が敵に忍者であり、わが組織の内にすでに優秀な連絡組織をjy率している(仲間がある)こと、ならびに敵の作戦本部に直結している者であることがわかる。反応が遅く、その現れ方が局部的であれば、その忍者はわが組織の中に孤立していて、まだ確たる連絡組織を持たず、その連絡先も敵の一部分に限られているという推測が成り立つ。一定期間(情報の有効期間)をおいて山彦が返ってこなければその者は白である。

 なおこの術は、敵のスパイの発見のみでなく、自己の傘下の忍者の忠実度、適正の鑑査方法としても盛んに用いられた。この術の効用は組織の内部粛清、監察に重点があるのだ。間接法は、自分が本人と語らずに第三者に命じて本人に偽声を流すだけが直接法と違うところで、その他は直接法と全然同一である。第三者を通じたほうが直接に偽情報を流すよりより自然であり、本人の警戒を招く恐れが希薄であるから、実際には間接法が多く用いられただろう。