ラードーン Ladon


 古代ギリシア人達は世界の西の果てに昼と夜の入り混じった大きな島があると考え、その島ヘスペリア(夕べの国)は全ての水の流れの源(1)オケアノスに近かったので人間は近付く事ができず、そのため(2)ゼウスの黄金の林檎のなる樹が植えられていた。黄金の林檎の樹は主神ゼウスと妻(3)ヘーラーの結婚祝いに、(4)ガイアから贈られた宝物で、ゼウスは樹を(5)アトラスの七人の娘(6)ヘスペリスに世話をさせ、大切にしていた。このリンゴの樹は素晴らしい宝物で、欲しがる者が絶えなかったので、ゼウスは樹を守るために怪物ラードーンをヘスペリス達に与えた。

 ラードーンは台風神テュポーンとエキドナの子と言われ、100の頭のある蛇の姿で、一つ一つの首が様々な動物の声を発するとされた。その体はとても長く大きく、首を伸ばすと天まで届き、不死身でゼウスでも殺すことができないとされた。ラードーンは体をぐるぐるとリンゴの樹に巻きつけ、眠る事なく周囲を見張り、ヘスペリス達以外は誰も近づけなかった。しかも枝に実ったリンゴの数を覚えていた。ヘスペリス達は毎日リンゴの樹を見回り、葉が茂るように育て、恐ろしいが忠実なラードーンに言葉をかけるのが日課だった。もし見知らぬ人影が見えたりリンゴの数が足りなかったりすると、すぐさまラードーンに声をかけ注意を呼びかける。するとラードーンはとぐろを解き、鎌首を持ち上げ、盗人が盗んだリンゴを置いて消えるまで追跡をやめなかった。こうしてラードーンがいるかぎりリンゴが盗まれる事はなかった。

 ギリシャ神話を詳しく読むと、このリンゴも何度か持ち出されている。争いの女神(7)エリスが神々の間にいさかいを起こそうとした時にリンゴを盗むが、どのようにしてラードーンやヘスペリスを納得させたかはかかれていない。次にリンゴを手に入れたのはヘラクレスで、自分の奴隷の身分を解放させるために必要だった。しかしヘラクレスもラードンとは闘いたくなかったので、ヘスペリス達の父で、天をささえるアトラスにリンゴの入手を頼んだ。そしてアトラスの変わりに天を支えるという条件でリンゴを手に入れた。一説ではヘラクレスは自らヘスペリアへ渡り、樹に巻きついているラードーンを遠くから矢で射殺し、リンゴを手に入れたとされる。となるとラードーン不死身説はウソとなる。後に、ゼウスの妻ヘーラーは、この忠実なラードーンを祝福して天上に飾る。それが(8)竜座といわれる。


 (1)オケアノス okeanos。ギリシャ神話の水神、ゼウス以前の古い神ティターン神族に属す古代ギリシャでは平板で丸い大地の周りを大河が取りかこんでいると考えたので、全ての川はオケアノス(大河)に源を発していると考えた。神というよりも「世界の果て」を意味する地理的概念が濃かった。

 (2)ゼウス Zeus。ギリシャ神話の最高神で、神々の住居オリンポス山と地上を支配する。気象現象を司り、聖獣は鷲、聖木は樫とされる。

 (3)ヘーラー Hera。ゼウスの妻で、夫婦の性生活、結婚、子供を司り、家庭の女性を守護する。

 (4)ガイア Gaia。ギリシャ神話の「大地」を擬人化した女神。

 (5)アトラス Atlas。 ギリシャ神話の天空をささえる巨人神で、ティターン神族。ゼウスと敵対したため天を支える罰を受け、その苦しみに耐えられなくなり、メデューサの首を見せてもらい石になる。それが現在のアトラス山脈とされる。

 (6)ヘスペリス 夕べの娘たちという意味で、三人、四人、七人の各説がある。

 (7)エリス Eris。ギリシャ神話の不和、争いを司る女神。軍神アーレスの姉妹、夜の女神ニュクスの娘。

 (8)竜座 北極星を取り巻いて長く伸びている星座。