ムシュフシュ Mushus
シュメール語で「怒りの毒蛇」を意味するムシュフシュは、古代オリエント文明の中で長く語り継がれた怪物で、頭と胴体と尾は毒蛇(もしくはサソリの尾)で、前足はライオン、後ろ足はワシで、眼の上に一対の角を持っているとされる。強い力の象徴である動物を組み合わせたものと思われる。ムシュフシュに関する伝承はほとんど残っておらず、遺跡などから発見される図像から想像するしかない。
最初ムシュフシュは神々に協力する聖なる怪物とされ、最も古いムシュフシュの図像はアッカド王朝の印象に刻まれたもので、嵐と戦いの神ティシュパクを背に乗せる乗り物だった。また、別のアッカド王朝の記録では、都市国家ラガシュの主神ニンギルスの神殿を守る聖獣としても記されている。しかし後のバビロニア神話にはムシュフシュは恐ろしい怪物として登場する。海女神ティアマトが生んだ怪物の中にもムシュフシュの名前が見られる。このティアマトの軍団は英雄神マルドゥクに退治され、皆殺しにされるがムシュフシュだけは生き延びたようで、後にマルドゥク神を背に乗せたムシュフシュの姿が遺跡などに描かれている。ティアマトとともに神々に対抗していたムシュフシュだが、結局はラガシュやアッカドと同様、神の協力者となってしまう。
これ以降のムシュフシュは、通りや宮殿の守護獣として壁画などに記されるようになる。 バビロニアのマルドゥク神殿にいたるイシュタル門や神殿を守る像としてムシュフシュは多用される。そしてこの時代になると、ムシュフシュは災厄を遠ざける守護者とされ、呪文には災いよけにムシュフシュの像を埋めることが指示されたり、王の碑文にムシュフシュの姿が彫られたりしている。