レヴィアサン leviathan


 レヴィアサンは『旧約聖書』に神の敵として登場することで有名な海のドラゴンで、キリスト教世界では最もよく知られた怪物である。しかし元々レヴィアサンは『旧約聖書』よりあるかに古いアッカド神話から語り継がれた怪物であろう。


 「お前は悪い蛇レヴィアタンを打ち砕き、曲がりくねる蛇を破った七つ頭の社リートを」(『古代オリエント集』)



 レヴィアサンは、古代オリエントのアッカド神話の石版で初めて登場する。そこでのレヴィアサンは死の神モートの部下で、「リタン」「社リート」とも呼ばれる海のドラゴンとされる。モートの命令で地上や海で暴れ、太陽や月を食い荒らして日食や月食を起し、世界から光を奪い取るとされた。その恐ろしさや貧欲さを強調して、ときには「七つ頭のレヴィアサン」と多頭竜として表現されることもあった。レヴィアサンを打ち砕くのは豊穣神バアルで、バアルとレヴィアサンの主人モートは、地上の繁栄をかけた終わりのない戦いを続けているとされた。

 アッカド神話のレヴィアサンは、同じオリエントの民だったユダヤ人たちによって『旧約聖書』に記され、神の敵として登場する。レヴィアサンを倒す神バアルが悪魔とされたのと対照的である。この中でレヴィアサンは、神の創造物の中で最も邪悪で恐ろしい海の蛇(ドラゴン)で、神に敵対し、人々を苦しめるとされた。神は自ら作ったレヴィアサンを許さず、最後の審判の日にその頭を叩き潰してしまうと言われている。アッカド神話の影響で、『旧約聖書』を記したヘブライ語でも、レヴィアサンの頭の数は複数形になっている。


 「あなたは御力をもって海をわかち、水の上の竜の頭を砕かれた。あなたはレヴィアサンの頭を砕き、これを野の獣に与えて餌食とされた」(『詩篇』第74章 第13〜14節)


 「その日(最後の審判)、主は堅く大いなる強い剣で逃げる蛇レヴィアサン曲がりくねる蛇レヴィアサンを罰し、また海にいる竜を殺される。」(『イザヤ書』第27章第一節)



 最初の記述で、レヴィアサンは神に頭を砕かれ、野の獣(荒野に暮らすユダヤ人達を指すと思われる)に食料として与えられ、次の記述では招来レヴィアサンが神の剣によって切り殺されるだろうと記されている。このため、レヴィアサンは最低でも二匹いると考えられるようになる。それを細くするのが聖書外典『エチオピア語エノク書』で、これによるとレヴィアサンは雌で、大きな体を水の源の底に隠しているとしている。後に、聖書や聖書外典をもとに、レヴィアサンについての独特な伝説がユダヤ人達によって残されている。それによると、神は天地創造の第五日目にレヴィアサン(『旧約聖書』創世記では「大いなる獣」)のつがいを作り、海の全ての生物の上に君臨させた。しかし後に神は、巨大なレヴィアサンが雌雄で一対いたのでは、そのうちに海がレヴィアサンの子だけで埋め尽くされてしまうと思い、雄を打ち殺した。その死体は、最後の審判の日に信心深い人々に与えるため、海の底深くに沈められる。そして後に(1)ベヒーモスと戦い、ともに命を失って、やはり審判の日に肉として信者達に与えられ、その皮はテントを張る幕として使われるとしている。


 (1) ベヒーモス

 behemoth。ヘブライ語で「牛の中の牛」という意味の怪物で、キリスト教では海のレヴィアサンに対する陸の怪物とされた。その姿はカバ、牛、サイに似るとされた。




○レヴィアサンが象徴しているもの

 聖書研究によると、『旧約聖書』のレヴィアサンは当時のエジプト王国を指しているとしている。ユダヤ人達は、ユダヤ、キリスト教徒を迫害したエジプト王国をレヴィアサンという邪悪なドラゴンにたとえて、必ずユダヤ人の信じる神によって倒されるという希望を託した。また、カソリック教会はレヴィアサンを悪魔であると考えた。レヴィアサンが常に神の敵対者であることから、かつては天上界の上位を占める天使だったと教会は解釈した。そして、地獄へ追放されてからのレヴィアサンは、嫉妬を司る魔王と呼ばれ、人の心に悪意を吹き込む悪魔となったとしている。


○レヴィアサンとクラーケン

 海の魔物レヴィアサンは後にクラーケンや人々に目撃される事の多かったクジラと混同されるようになっていく。そのことから、クジラが船員もろとも船を飲み込んでしまうとか、クラーケンが魚を香りで引き寄せて飲み込んでしまうということもレヴィアサンの特徴のひとつとして数えられるようになる。それは、レヴィアサンが誘惑の香りを発して人に罪を犯させ、そして地獄の入り口で大きな口を開けて、罪人が落ちてくるのを待ち構えているというように、全てを混同して伝えられていることからもわかる。


注 ラハブ

 Rahab。嵐や海を表した怪物で、レヴィアサンと混同される。最後に神に倒される。