タラスクス Tarasque


 タラスクスは聖人の物語を記した『黄金伝説』の第百章『聖女マルタ』やフランスの民話・伝承に登場する、水の中に棲む怪物とされる。タラスクスは海の魔物レヴィアサンとロバとの間に生まれた怪物とされる。顎にはワニのような長い牙があり、鱗は甲羅のようで鋭い突起が生え、六本ある小さな足の先に鋭い爪があり、蛇のように自在に動く尾を持つ。吐き出す強い毒の息と、空気や水に触れると燃え上がる糞を武器にしていた。人間を一飲みにするほど巨大なワニのような姿とされる。

 元々は小アジアのシリアに棲んでいたが、一世紀ごろには地中海を渡り川をさかのぼって、フランス中部ローヌ河畔のネルルク(黒い森の意味)という村の近くに棲み付いた。タラスクスの隠れ家は、川の中心にある渦の下の洞窟で、腹が減るとそこからはい出し、川底に体を横たえ通りかかった船や人を襲って食っていた。困ったネルルク近辺の村日tはタラスクス退治に出かけるが、甲羅に武器が通じず、糞が発する炎に追われて逃げ帰るのが関の山だった。タラスクスの噂はフランス中に広がり、聖女マルタの耳にも入った。彼女はキリスト教布教の為、ちょうどネルルクの近くまで来ており、タラスクス退治をすることになる。

 タラスクスが川のそばで人を食べていると森の中から聖女マルタが現れる。タラスクスは聖マルタに襲い掛かるが、タラスクスに聖水をふりかけ(1)十字架をつきつけた。するとタラスクスはたちまち大人しくなったので、タラスクスの首を自分の腰帯で縛り付けると神の力で帯は鉄のように堅くなり、様子を見にきた人々に石をぶつけられタラスクスは殺される。凶悪なタラスクスを簡単になだめた聖マルタの力に村人は敬服し、皆キリスト教に改宗する。そして彼女の偉業をたたえるため、ネルルクの村をタラスコンと呼ぶようになった。現在でもタラスコンの街では、タラスクス退治を祝う祭りが毎年開かれ、怪物タラスクスをかたどった人形が街を練り歩いている。

 タラスクスがレヴィアサンの子かどうかはわからないがレヴィアサンがメスだったとしても巨大な海の怪物とロバが交わるのはどだい不可能である。古い時代のことだし、当時様々な布教活動をしていたキリスト教が自分たちの考えを広めるため、付近に住んでいた怪物と『聖書』の怪物を合致させて伝えたせいだと思われる。


 (1)十字架

 ユダヤ人達がエジプトを脱出した時、彼らの指導者モーゼが神から、蛇がまきついた十字架を授けられている。この十字架は『旧約聖書』の悪の象徴と、『新約聖書』の善の象徴が結びついたもの。