イツァム・ナー Itzamna

 マヤ族最高神のイツァム・ナーは創造神(1)ウナブ・クウの子で、太陽、昼と夜、雨季と乾季、豊穣を司る、世界になくてはならない神とされる。また、人間に文字や太陽暦、薬などを与えた温厚な文化・学芸の神としても人々から深く崇拝されていた。

 またイツァム・ナーはワニやイグアナととても関係が深いとされた。マヤ族はイグアナやワニを、大地、水、火を象徴する最も尊い生物と考え、イツァム・ナーへの儀式には欠かせないものだった。そのため、イツカム・ナーは絵文字では(2)ドラゴン(ワニまたはイグアナ)と人の頭を持った姿か、口からドラゴンが顔をのぞかせる(またはドラゴンの口から顔をのぞかせる)老人の姿で描かれている。

 イツァム・ナーは多くの名前を持っている。それは南米神話での(3)有力な神々と同様、イツァム・ナーにもたくさんの特質があり、人々はそれぞれの願い事に最も適した特質を表す名前で彼を呼んだ。例えば、天神の最高神としての様々な願いを望むときは「イツァムナ・ガブル」、乾季を終わらせ雨を欲するといには「イツァムナ・トル」、太陽の光を欲するときは「イツァムナ・キニチ・アハウ」、穀物が豊かに育つことを望むときは「イツァムナ・カウイル」と呼ばれる。そしてこれらの名前は全てイツァム・ナーを表しているにも関わらず、人々はあたかも別の神であるかのように崇拝していた。

 これらの別々な性質の中でも、とうにイツァム・ナーが太陽神として崇拝されるときは常に妻の月の老女神(4イシュチェルを伴った。この二神は初の地上の住人で、後に天に昇って地上を照らすようになったとされる。また、この二神で地上の創造と破壊も分担している。夫イツァム・ナーは雨を降らせ、光を与えて、穀物を育てて、家畜を繁殖させるが、妻イシュチェルは大雨で洪水を起こし、全ての生物の命を奪ってしまう。太陽は生命を、月は命を表していた。

 (5)マヤ族の神話で、イツァム・ナーが登場し活躍する物語はごくわずかしかない。その中から、イツァム・ナーとイシュチェルつまり太陽と月の物語を紹介しよう。

 かつて、イツァム・ナーとイシュチェルが地上で暮らしているとき、イシュチェルは夫に隠れて恋人を作った。それを知ったイツァム・ナーは日ごろの温厚さを忘れて怒り狂い、イシュチェルの片方の目をつぶした上、誰とも合うことのできない天に妻を連れて登ってしまった。その為に片方の目しかない月は光が弱弱しく、両目のある太陽の光はまばゆいほどに強いと言われている。


(1)創造神ウナブ・クウ

 この神は世界を生み、創造した神だが神話にはまるで登場しない。マヤの人々はこの神を漠然と「全て」とか「始まり」といった概念で考えていたようだ(ギリシャ神話のカオスや混沌のように)。


(2)ドラゴン

 このドラゴンを特に「イツァム・カブ・アイン(地のワニ)」と呼ぶ。


(3)南米の有力な神々

 アステカのテスカトリポカは、黒のテスカトリポカ(テスカトリポカ)、青のテスカトリポカ(ウィツィロポチトリ)、白のテスカトリポカ(ケツァルコアトル)、赤のテスカトリポカ(シペ・トテックまたはミシュコアトル)の四つの名を持ち、ひとつひとつの名が別の神を指しつつもやはりテスカトリポカを指すという命名をされている。


(4)イシュチェル

 月の老女神イシュチェルは、頭に毒蛇を飾り、大腿骨の模様がついたスカートをはいて、死と破壊を示す。


(5)マヤ族

 Maya。マヤ文明は、メキシコ最大の文明といわれ、紀元前1000年にはすでに発生していた。天文(特に暦法)、神聖文字、建築、石彫美術の発達に目覚しいものがあったが、アステカと同じくスペイン人に征服された。