虹蛇 Rainbow Serpent

 オーストラリアの先住民族(1)アボリジニは、「夢幻時(ドリームタイム)」という世界観を持っている。その考え方によると、世界は目覚めているときと眠っているときの二つに分けることができ、眠っているときは夢の世界で暮らし、その生活こそが真実で、目覚めている時の生活は幻でしかない。

 夢の世界では、石も動物も人も、皆同じ「精霊」として暮らしている。また、夢の世界では死ぬということがないので、大昔の精霊達が今も暮らしていて、世界の始まりを教えてくれたりもする。この夢の世界で最も偉大な精霊が虹蛇とされる。


 虹蛇とは、アボリジニ各部族が崇拝する蛇の精霊で、形や色、大きさは様々だが、肌には自分を崇拝するアボリジニの各部族を示す色とりどりの模様があったといわれている。虹蛇は泉や湖の底に棲み、生物にとって最も大切な水や雨を自由に操る。そのため、虹蛇は生命を司る精霊とも呼ばれ、すべての生物は虹蛇から生まれたとされた。そしてトカゲや蛇、カタツムリといった地面をはう生物が水辺から離れようとしないのは、虹蛇に付き従っていると考えられたからである。

 また虹蛇は、世界で一番古い精霊で、これまでに起きた全ての出来事を覚えている知識の精霊でもある。そのため、祖先の霊や古い霊を大切にするアボリジニの人々は虹蛇を最も偉大な精霊として深く崇拝していた。そして気分を害しないようにとても気をつかい、特に虹蛇が棲むといわれた泉などでは、その怒りを買わないように多くのタブーが決められていた。

 虹蛇は、精霊たちの中でも特に月の精霊、月男と仲がいいと伝えられている。月の明るい夜に、虹蛇の棲む泉を月男が訪れることがある。虹蛇は、睡蓮の根と貝で月男をもてなし、二人きりで世界の秘密について話し合う。月男は天から見える全てを、虹蛇は大地で起こった全てを話し、これから世界をどうするかについて相談する。この2人の会話は、世界の根幹に関わるもので、生物は聞く事を許されていない。もしこの会話を聞いてしまったら、呪いを受けて石の像と化してしまうとされた。そのため、アボリジニの一部族には、月の明るい夜は虹蛇の棲む泉に近寄るべきではないとしている。

 この月男と虹蛇の交友は、オーストラリアの過酷な自然環境から生まれたといわれている。ここは、熱と乾きを与える太陽は危険な存在で、夜の涼しさを与える月は生命の恵みをもたらすものと考えられていた。それで、同様に命をもたらす虹蛇が月と結び付けられた。


 また、虹蛇は卵生と考えられたようで、アボリジニのバド族は、虹蛇の卵を見つけた漁師の話を伝えている。それによると卵はとても大きくおいしそうだった。しかし漁師達はその卵を食べることはできなかった。彼らが焚き火でゆで卵を作っていると、突然卵がはじけ、ものすごい勢いで洪水が起こった。虹蛇の怒りに触れた為といわれる。



○虹蛇ウングトの世界創造

 夢の世界が始まったときには、海以外の何も見当たらなかった。その海の底の泥が集まって生まれたのが、最初の精霊、虹蛇ウングトとされる。ウングトは、世界が寂しすぎるので、陸地を作ってそこを命で満たそうと考える。ウングトは海面に高く体を持ち上げて、何度も何度もブーメランを飛ばすするとブーメランの触れた海面にたくさんの泡が立ち、その泡が固まって陸地となった。ウングトは、泡から作られた大地にはいあがり、たくさんの卵を産んだ。その卵から精霊たちが生まれ、さらにその精霊たちが生物を生んだので、世界は多くの動物が暮らすようになった。



○始祖蛇エインガナと人間の誕生

 アボリジニのポンガポンガ族は自分達の崇拝する虹蛇エインガナこそが最も古く偉大な精霊だと信じていた。そして世界や人間を作ったのもエインガナの業績だと伝えている。そのためこの虹蛇は「始祖蛇」と呼ばれていた。

 ドリームタイムの最初は、エインガナという一匹の虹蛇が、無限に広がるピエインガナという砂漠に暮らしているだけだった。エインガナは、何もない砂漠に飽き飽きしていたので、水、石、風、山、空、火、動物など地上に存在する全てを生み出し、世界をにぎやかにした。

 そして最後に人間を身ごもるが、その時エインガナは激しい陣痛に襲われた。それは人間が誕生の時を待ちきれず腹の中で暴れたためだった。エインガナは冷たい水にもぐり地面を転げまわったが痛みは治まらず、人間もなかなか生まれなかった。生むほうも生まれるほうも初めての事だったので、どうすればいいか分からなかった。

 しかしその時、古い精霊バルライヤがやってきてエインガナを助けた。バルライヤはエインガナの肛門に槍を突き刺して、腹を切り裂いた。下腹部から血があふれ出し、次いで人間が生れ落ちた。以来、全ての動物はエインガナと同じ方法で子供を生むようになった。(それまでは口から子供を吐き出していた)。

 生まれた人間達はエインガナに見向きもせず、遠くへ逃げていった。人間の勝手さに怒ったエインガナは追いかけて全員を飲み込んでしまう。そして人間達が忠誠を誓うまで腹の中から出してやろうとはしなかった。やっと吐き出してもらった人間は、かかとにヒモを縛り付けられる。それは動物のかかとの腱をなめして編んだトゥーンというヒモで、片方はしっかりエインガナが握っており、エインガナがヒモを離せば人間はすぐに死んでしまう。

 現在でも、エインガナはオーストラリアのどこかに暮らしているといわれている。誰も知らない泉の底の、深い縦穴にひっそりと隠れている。そして乾期が終わりにちかづくと、泉から顔を出して、雨を降らせる。しかしその時以外には誰もエインガナを見ることはできないとされた。



○エアーズロックの虹蛇

 世界最大の岩山エアーズロック(アボリジニにはウルルと呼ばれる)には、今でも強い力を持つワムナという虹蛇が棲んでおり、そのはるか地下で数百メートルもある体を横たえているといわれている。けれど、偉大な精霊であるワムナビは人々から崇拝されていない。それは、ワムナビが目覚めの世界を嫌っていて、他の虹蛇達が目覚めの世界を作った事を快く思っていないからである。またワムナビは、肉体は目覚めの世界にだけ必要なもので、精霊だけが暮らす夢の世界には必要ないと考えているため、あえて肉体を持とうとしない。したがって彼は、今でも私達が見ることも触れることもできないまま、エアーズロックの地下に潜んでいるとされる。



○オルガ山脈の虹蛇

 オーストラリア北西の高山オルガにも、エアーズロックの虹蛇と同じワムナビという名前の虹蛇が棲んでいる。このワムナビは「美しく輝く虹の蛇」といわれ、全身から虹のような光を放ち、長く豊かなヒゲと首筋にそって長いたてがみを生やし、鋭い牙を持っていた。ワムナビは、山の中腹にある泉に棲むとされ、彼が息を吐くと気持ちよい風になるが、山で彼を侮辱したりするとその風は暴風に変わり、汚した人間を探すために山を降り、その魂を奪うまでは怒りを和らげようとはしなかった。そのためアボリジニの人々はオルガ山に登るときには虹蛇を怒らせないよう注意していた。



○銅蛇ユルルンググル

 アボリジニのムルギン族は、ユルルンググルという虹蛇を伝えている。ユルルンググルは、全身が赤銅色に輝いていたので銅蛇と呼ばれていた。首をのばせば天に届くほど体が大きかったので虹蛇の中でも特に勢力が強く、リーダーとして虹蛇達を集めては儀式を開いていたといわれる。しかしユルルングルは仲間達の前でウソをついたため、その地位を失う。

 夢の世界を旅する2人姉妹がいた。彼女達は、あるとき泉の側で休み、あやまって泉の水を汚してしまった。泉の底に棲んでいた銅蛇ユルルンググルは激しい怒りを覚え、姉妹を罰するために泉から這い出し、大雨を降らせた。

 姉妹は虹蛇をなだめる儀式の歌をいくつも歌った。それを聞いたユルルンググルは、彼女達が自分の部族の者だと気づき、またその歌を歌う者は許してやらなければならない事も思い出す。けれど怒りのためそれができず、姉妹を魔法で眠らせ、そのまま飲み込んでしまった。これは虹蛇の掟を破る重罪だったが、自分を侮辱した者を飲み込んだユルルンググルは満足して雨を止め、泉の底へと戻っていった。

 しばらくして、虹蛇達の集まりがあった。集まった虹蛇たちにユルルンググルは、しきたりどおり食べた物を訪ねる。魚、鳥、亀、貝、と虹蛇たちはこたえる。そして皆がこたえ終わった時、二番目に有力なウェッセル島の虹蛇がユルルングルに何を食べたのか訪ねる。ウェッセル島の虹蛇は、ユルルンググルの泉の側でたくさんの儀式の歌が歌われ、大雨が降ったのを知っていた。そして彼がとてもいい物を食べたと考えたのだった。

 ユルルンググルは掟を破り部族の者を飲み込んでしまった事を話したくなかったので嘘をついてごまかすが、何度もしつこく問いただされた為、ついに本当の事を言ってしまう。それを聞いた集まっていた蛇たちは口をそろえてユルルングルを非難した。そして嘘をついた罪で皆から追放されてしまう。

 虹蛇としての地位も名声も失ってしまったユルルングルは、そこでようやく姉妹を許してやる気になった。彼は姉妹の故郷で姉妹を吐き出して自分の泉に戻ったが、姉妹はすでに石になっていた。

 現在、虹蛇についての研究はあまり進められていない。なぜなら先住民族アボリジニのほとんどはキリスト教に改宗してしまい、またオーストラリアでは長い間、アボリジニの文化や生活の研究が行われていなかった。ただ、近年になってようやく再びアボリジニの文化を守り、深く研究しようという活動が大々的に始まってきている。



(1)アボリジニ

 Australian,Aborigine。オーストラリア大陸の先住民族で、定住性が弱く、狩猟採取の生活を行っていた。物質文化はあまり発達せず、いたって簡素なものだったが歌、踊り、説話といった精神文化は複雑で豊富だった。17〜18世紀にはオーストラリア全土に30万人くらいが棲んでいたと推定されるが、イギリス人の侵略によって迫害を受けて激減し、1921年には6万人まで減った。現在は保護政策が行われ、人口も15万人ほどまで増加し、文化復興運動が起こっている。