グランガチ Grangach

 アボリジニのグンダンガーラ族は、河や海などに棲む精霊グランガチを、自分たちの祖先の霊として敬っていた。グランガチ(魚の王)は水中でもっとも強力な精霊で、姿はワニに似る。しかし後足はとても小さく、全身を覆う滑らかで金属のような光沢を放つ鱗は魚のようだった。そして澄んだ池の底で夜をすごし、昼になるとはい出して日光浴をすることをとくに好み、太陽の光を浴びて緑、紫、金色に輝くグランガチは美しかったと言われる。


 水中でもっとも強い精霊だったグランガチに河や海の生物達は皆従った。もし彼を怒らせたらその牙や尾の攻撃を逃れることはできないだろう。しかしグランガチは無意味な暴力を振るう乱暴な精霊ではなかったため、陸の生物は彼に敬意を払い、彼もそれにこたえて水の生物がむやみに陸の生物を害しないようにさせていた。グランガチが水の中を収めているかぎり、陸と水の生物は平和だった。


 しかし、グランガチも命を失いかけたことがある。フクロネコの精霊ミルラガンが、グランガチを釣り上げたとき、彼は自分の漁師としての名誉をかけてグランガチに勝負を挑んだ。ある日、「魚の王」グランガチを捕らえようと、ミルラガンはグランガチの棲む泉に毒の樹皮を投げ込んだ。泉の水は真っ黒になり、魚たちは腹を上にして浮かび上がった。グランガチはこのままでは自分も殺されると思い、ミルラガンがもっと多くの樹皮を捜しにいった隙に、泉の底に他の泉に通じる穴を掘って逃げ出してしまう。
 
 ミルラガンはその後を追いかけ、両者は何度も闘うが決着がつかない。そのうちにグランガチは隙をついて深い湖の底の泥へと姿を隠す。水中で目が効かないミルラガンは、友達である水鳥達を呼び集めてグランガチを探させた。しかし湖の底は暗く、水鳥たちがもぐっても何も見えなかった。しかし泳ぎの得意な海鵜だけは水底に魚が群れているのを見つける。魚達は泥をくわえてグランガチを隠そうとしていた。

 海鵜は、グランガチお背中をくちばしで突き刺し、陸へ引き上げようとした。しかしグランガチも必死で湖底の岩にしがみついていたため、背中の肉がちぎりとられてしまったものの、そのまま湖の底深くにあるおきな割れ目に逃げることができた。グランガチに逃げられた海鵜はあきらめて湖面に浮かび上がり、引きちぎったグランガチの背中の肉だけをミルラガンに渡した。ミルラガンはその肉を焼いて海鳥達と食べると、自分の住処へ帰った。こうして、グランガチは背中に大きな傷を負ったが、一命だけはとりとめた。


 グランガチはワニを元にした精霊のようで、グランガチの背中が肉をちぎりとられてギザギザの傷になったせいで、ワニもギザギザの背中を持つようになったとされた。ワニはヨーロッパではドラゴンの親戚と言われているが、アボリジニは精霊として敬っていた。