エキドナ Echidna


 エキドナはギリシャ神話の怪物で、ギリシャ語で「マムシ」を意味し、その姿は上半身は美しい女性だが、下半身はとぐろを巻く醜い大蛇で、青黒い斑が緑色の肌を覆っていた。生息地は、地中海東岸のキリキア地方、小アジアのアリマ地方の火山地帯、ペロポーネス半島など諸説がありはっきりしていないが、地下の洞窟を好んでいたようだ。夜になると眠っている家畜や不運な旅人を襲っては暗い地下へと引きずり込み、こっそりとむさぼり食っていた。

 エキドナの最大の特徴は、多くの怪物たちを生み出している事である。台風神テュポーンを夫に、(1)魔犬オルトロス、レルネーの多頭竜ヒュドラー、(2)三頭犬ケルベロス、(3)キマイラ、ヘスペリデスの守護竜ラードーン、プロメテウスの肝を食う(4)不死身の鷲、金毛羊の皮の守護竜、(5)女怪スキュラを産んでいる。さらに自分の子オルトロスとも交わり、スフィンクス、ネメアの不死身のライオンを産んでいる。このようにギリシャ神話に登場する怪物のほとんどは彼女の子供であるといえる。エキドナはまた、奪われた馬を取り返しにやって来た英雄ヘラクレスとも交わって、三人の子を産んでいる。このように次々と怪物を生み出し、ギリシャ世界をそれで埋め尽くしていくと思われたエキドナだが、ペロポネーソスで家畜をおそっているとき、けして眠らないことで知られる百眼の怪物アルゴスに発見され、彼の棍棒であっさり殴り殺されている。

 後のキリスト教では、エキドナを売春婦の象徴とした。魅力的な美女の上半身に魅せられると、罪に落ちた蛇の下半身に捕らわれて欲望の虜になるとされた。エキドナはラミアと同様に古い時代には大地母神として崇拝されていた。しかしギリシア人がエキドナの棲む土地を支配するようになると、彼らの崇拝している神々との勢力争いに破れ、醜い魔物へと堕落させられた。

 ギリシャ神話の中では、エキドナが誰から生まれたか諸説あるが、大地ガイアの娘という説が有力。ギリシア世界では、勝利者の神ゼウスが高貴な者とされたのに対し、彼女はおぞましい化物とされた。なぜならエキドナは自分の息子と交わることさえ厭わないほど狂った怪物で、それはギリシャの倫理観でもっとも忌まわしいタブーだった。けれど大地母神であるエキドナにとって、子供を産むことは当たり前の事だった。多くの生命を生み出すことが大地母神としての資質だったからだ。


(1)オルトロス Orthros

 世界の果ての島エリュティアに棲む怪物ゲーリューオーンが飼っていた、牛を守る番犬。その姿は子牛のように大きく、獅子よりも獰猛だったと言われる。


(2)ケルベロス Kerberos

 冥府の入り口を守る番犬で、三つの頭を持ち(50または100の説もある)、尾が毒蛇で、青銅の割れるような声で吼え、冥府から逃げ出そうとする者を容赦しなかった。


(3)キマイラ Chimaira

 ライオンの頭と足、山羊の胴体を持つ怪物で、尾は恐ろしい毒蛇だった。口から灼熱の火炎を吐き出して、人や動物を焼き殺した。


(4)不死身の鷲

 岩山に縛られたプロメテウスを襲う巨大な鷲で、ゼウスから昼の間にプロメテウスの腹をえぐり、肝臓をむさぼり食うことを命じられる。


(5)スキュラ Skylla

 イタリア半島とシチリア暗闘の間のメッシナ海峡に住むと言われる海の怪物で、三列に生えそろった牙、自由に動く六つの頭と12本の足で海峡を通る船を襲い、甲板上から人を食う。かつては美しい女性だったが、魔女キルケーに怪物にさせられた。