レイジに関する研究日誌



感染すると暴力的になり、周囲に害を及ぼす奇病。
私はこれをRAGE(凶暴性)と名付ける事とする。
死亡した前任者から引き継いだ内容と共に、
そのレイジに関する研究をここに纏める。

レイジは感染と共に段階を追って人体に変化を見せる。
前任者はそれを四つの段階に分類していた。

◆第一段階
まず普段に比べ怒りっぽくなったり、情緒不安定になるなどの特徴が見られる。
また、一つのところに落ち着いていられなくなる。

しかし、情勢が安定しない今では例えレイジに感染していなくても、
こうなるのは珍しい事ではなく、人間の正常な精神症状の範疇と言える。
そのため、病気の初期症状として分別するのは極めて困難。

◆第二段階
更に攻撃的になり、安易に暴力という手段を選ぶ傾向が強くなる。
だが、この時点ではまだ不用意に家族や友人、
仲間を攻撃してはならないという自制が見られる。

◆第三段階
ここからが完全に異常行動となる。
誰構わず襲い掛かり、自分の怪我や痛みに注意を払わなくなる。
辛うじて会話することが可能。

◆第四段階
既に意識は無く、意思の疎通は不可能。
体は小刻みに痙攣するものもあり、体の一部が青白く発光している。
ぶすぶすと煙を立ち上らせているものもおり、目に付く人間を見境無く攻撃する。



調査員の報告では、一部の動物にも凶暴さを増しているものもいるようだ。
サンプルを捕獲し、調査することとする。
レイジの感染者を地下室に監禁し、観察を続けている。
彼らの中にはまだ自分の意思が残っているものもおり、出してくれと叫んでいる。
だが、今は彼らの人権を重視している場合ではない。
どのみち、すぐに自分が誰かもわからなくなってしまうのだ。



レイジの研究の性質上、研究は厳重な鍵のかかる地下で行われている。
研究といえば聞こえはいいが、実際は人体実験も兼ねている。
毎日毎日彼らの絶叫を聞いていると、気が狂いそうだ。
私とて好き好んでこんなことをしているわけではない。
だがどうしても、この人類の脅威だけは取り払わなくてはならない。
藁をも掴む思いで、出所の怪しい胡散臭い魔道書の類も調べている。
確かに似たような症状を見せる呪術、薬品、病などが記載されていることがあるが、
どれも関連性が高いとは思えない。



レイジが広まった時期と、雨が少なくなる異常気象が続く時期はおおよそ一致している。
しかし病気と天候に何かの関連性があるとは思えない。
…そういえば、レイジの最初の感染者が発見される少し前、
ヴェイトス市の西の空が黄金色に輝いた事件があった。
調査隊が派遣されたものの、結局何も見つからなかったそうだが…。
その調査隊のメンバーが、レイジと良く似た初期症状を見せていた。
突然人を襲い、無差別に殺した為に拘束され、そのまま処刑されてしまったが。



病院が何度目かの襲撃を受けた。
騎士団が応戦してくれているが、いつまで持つのだろう。
いや…そこまでして守る価値が、この病院にあるのだろうか?
怪我人への満足な治療も行えず、そのまま墓地送りだ。
墓場も埋葬が追いついていないと聞いた。



レイジの感染者の殺し方についても記録を残す。いざという時の為に知っておいたほうがいい。
暴れまわった挙句、他人の反撃を受けて死に至るものや、肉体を強烈に使用しすぎて自滅する場合もある。
十分な食事を摂るという事を疎かにし、衰弱死するケースもあった。
ただし、第四段階に到った者はどうやっても殺すことが出来ず、
あれこれ試した結果、頭部を強力に破壊してようやく活動を停止させた。
槍や弓などで頭部を貫き、凶器が暫く頭部に残るような形がいいようだ。



レイジの進行の早さ、最終的に何段階目まで進行するのかは個人差が大きい。
そもそもどうやって感染するかもよくわかっていないのだ。
しかし、統計のようなものを出すことはできる。
レイジの感染者は明らかに男性が多く、女性は少ない。
そして貧困層に多く、裕福層に少ない。
女性の感染者の場合は傭兵であったり、そもそもの性格の気性の荒さ―― 言ってしまえば、凶暴性のある人物であることが多い。
この特徴と、暴力的になる病気の症状は無関係ではないだろう。

理性が無いせいか、動物の感染も多い。
その反面、動物の場合第四段階まで進むケースが殆ど無いのも特徴的だ。



少しずつではあるが、レイジの研究は進み明らかになった部分も多い。
いずれは真相に辿りつくのかもしれないが、間に合うのだろうか?
いや、間に合ったとして…ボロボロのこの街を救うことに繋がるのだろうか?



レイジに感染した上に死亡した患者は、そのままモルグに送る。
満足に葬儀もしてやれていないせいか、一部は不死者となって起き上がってくる。
ゾンビとはいえ、復活しかけは動きが鈍い。その間に頭を砕いてしまえば、起き上がってくることは無い。
ただでさえ人手が少ないというのに、苛々させられる。
これからは死んだら予め頭部を切断しておこう。
それにしても気のせいか、死体の数が合わないような…。
ずっと眠れていないし、きっと数え間違えたんだろう。



私の研究を手伝う為に何人かの助手がいたがのだが、どんどん居なくなって今では私一人だ。
一人はゾンビの処理中に食われて死に、一人はレイジを発症させて私の研究材料へ。
もう一人は嫌だと言って逃げ出し、病院の敷地を出たところで襲撃者に襲われて死んだ。
ついさっき、その光景をお茶を飲みながら病院の窓から見た。



最近はモルグの死体の処理も遅れ気味だった。
数日放置していたら、鉄格子の向こうで不死者が何体もうろついていた。
あれはもう中に入らない方が良いだろう。格子があって助かった。
格子の隙間からクロスボウで何体か処理しておく。
だが、その中で興味深いものを発見する。
レイジの感染者が不死者となってうろいついていたのだ。
連中も不死者になるのか――と思ったが、どっちにしろ見境無く人を襲うんだし、あまり変わらないか。



生きたレイジの感染者だけを閉じ込めた部屋も、半ばモルグと同じような状況になっている。
一部は死に、一部は不死者として起き上がる。だが、その中にも生きたサンプルは居る。
私の助手だった女だ。今日、肌が青白く発光していたところを見ると、第四段階に進んだらしい。観察を続ける。
彼女と同室だった他の患者は、不死者になる前にクロスボウで処分しておいた。彼女が襲われでもしたらかなわないからな。



彼女は私の姿を見かけるなり、走りよってきて鉄格子の向こうから手を伸ばし、私を掴もうとする。
まるで私に抱きついてくるかのようだが、そのたびに自分の顔を鉄格子に思い切りぶつけるのだ。
お陰でちょっと様子を見たいだけなのに、彼女の顔はぼろぼろだ。結構美人だったのに、かわいそうに。



読み解いていた胡散臭い魔術書の中に、レイジと酷似する病気について書かれているものを見つけた。
病気の症状や、多少の差異はあるものの段階を踏んで進行することなど、こちらの研究結果と合致する部分も多い。
しかし本の劣化が激しく、書いてある内容が抽象的である。その上、その内容はとても信じられないようなものばかりだ。
この中から解決のヒントが見つかれば良いのだが…。読み取れる部分、気になった部分を書き写しておく。

・彼らは意思を持たずただ拡大していく。その力は強大であり、目的を達成する為にあらゆるものに干渉する。例えば、天候への影響など――。
・人の凶暴性を大きく増長させる。飢餓状態は人をもっとも凶暴にさせる為、雨を枯らし感染しやすい状態をつくる。
・それは肉体にではなく、精神に感染する病である。
・それはあらゆるものを越えて移動する。
・神が与えた試練であり、それに打ち勝つ必要がある。
・著者は実際にはこの病気に出会ったことは無く、他の古書から纏めた情報を書き記している。
・治療方法は一つだけある。しかし、元々の精神力、意志力の強さを必要とし、誰にでも出来るというわけではない。
 それは怒りを忘れ、自らを無とし、精神の昂ぶりを鎮め続けることだ。


治療方法について、更に詳しい内容が書かれた下巻が存在するようだが、1610年に起きた図書館のボヤ騒ぎの際、消失してしまっている。



いまやモルグは不死者だらけだ。
彼らを弔ってくれる神父が来てくれる筈もなし、クロスボウの矢もとっくの昔に尽きた。
若い頃に読んだゾンビ小説では、連中同士で共食いをしていたのだが、せめてそれをしてくれれば掃除なんてしなくていいのに。
不死者はこの世に未練を残したが為に起き上がってくるというが、こんな世界になんの未練があるっていうんだ?
早めにリタイア出来た奴らは、幸せ者だというのに。
酷い臭いと、昼夜を問わずあげられるうめき声にももう慣れてしまった。



もう用済みであるし、第一モルグと第二モルグを完全に閉鎖した。見に行く必要も無いし、万が一でも鍵が破られたら大変だからだ。
まるでゴキブリみたいに中で不死者の数を増やすだろうがな。
そんな中でも、第四段階に進んだ彼女の存在は私にとって特別だ。
ここ最近、人と話す機会も減ってしまったから、鉄格子越しに彼女とお話するのが日課になっている。
彼女は「あー」とか「うー」っていう声で答えてくれるのだ。



おかしい。
彼女がいない。鉄格子や部屋が破られた形跡は無い。
鍵も私がずっと身につけていた。
そういえば、他のモルグ内の死体の数が減っている。
どうしよう、こわい。



さっき、おぞましい悲鳴が聞こえた。
一体なに。