幻の水面 ショートストーリー劇場「折れた剣 〜レッシェンバッハ動乱〜」

作:ねこさん



ACT1.叛乱



 ヴェイトスの荒涼とした大地に翩々と翻るはクリスティア王国軍の青い軍旗。まるで海原のように青一色の旗が広がる中、孤島のようにそこに屹立する城があった。
 城には火矢が投げかけられ、城の守備兵たちが応戦する。だが、投げかけられる矢は圧倒的に青の軍勢のほうが上だった。
 攻城塔がいくつも城壁に建てられ、その中の梯子を王国軍の兵士らが一斉に駆け上がっていく。城の守備兵が油の入った釜を掲げて落とし、即座に火矢を投げかける。幾つかの攻城塔はそれによって燃え上がり、中から火達磨となった兵士が地上目掛けて死のダイビングをしていく。
 だが残っている攻城塔から兵士が続々と上がっていき、城壁の上で守備兵と近接戦に入っていった。
 もはや落城は時間の問題であった。
 男は城のテラスから、その有様を眺めていた。装飾が豪奢な板金鎧に身を包んだその男は四十前後。赤毛を短く剃り、意思の強そうな顔立ちをしている。冑はつけていない顔は、厳しい表情をしている。
「殿……もはや、ここもあぶのうございます」
 背後から聞こえる声。信頼あつい家宰の声であった。
「ああ」
 男はようやくそう答えるのみだった。
「レッシェンバッハ家も、もう御終いだな」
 そう呟く男は、ほんの一週間前に記憶を戻していく。


 すでに夏も盛りを過ぎようとしていたある日、レッシェンバッハ候ベルゲンは、友人であるマイセン伯リヒャルドを城に招いていた。二人とも、王国の代々の地方領主としてその盛名を世に称えられている。ベルゲンよりリヒャルドのほうが五歳ほど年上であったが、二人はともに王国軍の重鎮として数々の戦をともに戦ってきた仲である。
 また、候の領地と伯爵の領地はいずれも王国の西南辺境地帯で隣接しており、モンスターの襲来を含めた様々な困難に、ともに協力することが多い。
 今日もまた、領内での村同士の水争いを収めるため、として伯爵を城に招いたのだった。
 表向きは──。
 だが、その実、彼らはいま王国への叛乱を共謀していたのだった。
「伯よ」
 誰もいない自室にマイセン伯を招いたベルゲンは、改まった口調でそう呼びかけた。
 二人ともテーブルの上のグラスに注がれた赤ワインを一口も口に含んでいない。
「マウーラとの連絡はついた。さらに、何人かの友人の領主にもそれとなく当たりをつけてみた。いけるぞ」
「ふむ」
 禿頭の伯爵は、一見すると温厚そうな顔をしているが、その目がきらりと光った。
「もはや王家の要求には耐えられない。度重なる軍費に領内は荒廃する一方。さらに、もともと……」
「この地は我らの物」
 ベルゲンの言にリヒャルドが続く。
「ああ。『帝国』が、あの成り上がり者どもをこの地の総督に送り込む以前、我々はもっと自由であった。こんな重い税も無かった」
 成り上がり者──クリスティア王室ヴァレンティアノス家を伯爵はそう呼び捨てた。
「貴殿の祖父殿は、もともとこの地の開拓領主の筆頭であった。レッシェンバッハ候、わしは思う。貴殿こそが、クリスティアの真の王にふさわしいと」
「そうか。ありがたい。やはり、持つべきは友、とはよく言ったものよ!」
「ああ。共に戦おうぞ。しかし……」不安そうな表情で伯は首を捻る。「マウーラは本当に大丈夫なのか? あの御仁、なかなかの食わせ物だぞ」
 ベルゲンはにやりと笑う。
「じつは、マウーラの使者はすでにこの城に来ている」
「ほう」
 ベルゲンは、両手を叩いた。すると、扉が開いて一人の少女が入ってきた。青い髪をした娘、挑発的な青いレオタードのみを着たその身体は、まだ若い。使者というので、むくつけき男を予想していた伯は面食らった表情をしたようである。
「マウーラの藩王殿は、我らの挙兵を支持してくださるのだな?」
「もちろんです、閣下」少女は歌うように告げる。「象兵を含めた一万の兵を出す準備が整っています。陛下はおっしゃられました。侯爵閣下がクリスティア王となられた暁には、マウーラとの友好関係を」
「ははっ。当然だ。藩王殿に伝えてもらいたい。末永き友好を貴殿と望みたい、と」
「かしこまりました」
 使者の少女は頭を下げ、退室していった。再び室内は二人きりになる。
「では」
 ベルゲンは改まった顔になってワイングラスを手に取り、伯爵と目を合わせる。
「我々の門出を祝って」
 リヒャルド伯も己のワインを手に取る。
「クリスティアの新たな未来のために」
 カチン、と硝子のグラスが重なり合う音がする。


 パプテス暦1599年8月30日。
 クリスティア王国西南領は一斉に武装蜂起し、王国への叛逆を宣言した。



ACT2.二人の王子


 クリスティア城の一階の騎士団執務室に臨時に設立されていた司令部では、クリスティア王カザンI世を議長とした作戦会議が開かれていた。
 テーブルの周りを王を囲むように諸将が座る。王の左右には、二人の王子が座していた。長男のオルファン、次男のラーカスである。
 オルファンは軍陣に望むことが多いゆえに、浅黒い肌をしていて活気のある瞳をする青年であった。その表裏のないきさくな人格や個人的な武勇から、騎士たちの間で絶大な人気を誇るプリンスである。
 それと対照的にラーカスは自室で書物を読み漁ることが多いゆえか、色白で貴公子然としている。本の読みすぎで眼鏡を欠かせなくなっているのが、なおもその印象を強めていた。
 もっともこの若者、ただの柔弱な貴人とはいえない。彼が読むのは、歴史書を中心に、帝王の伝記、政治の技術書、経済書などが多かった。『帝国』本土にて印刷術が開始されたとはいえ、書物がいまだ高価な貴重品である時代において、である。
 今彼が愛読しているのは、『帝国』のとある元外務官僚が閉職の暇つぶしに書いた陰謀指南書であった。
「父上」
 ラーカスが呼びかける。
 カザン王はすっかり白髪が目立ってきた顔を、次男へと向ける。
「言うてみよ」
「すでに叛徒どもは四千にまで膨れ上がっております。さらに諜者の報ではアングリマーラは大規模な軍の動員を開始したとのこと。演習の名目ですが、信用できません」
「国境付近での演習軍は、補給さえ整えばすぐに侵攻軍に変えることが出来る」
 オルファンが続ける。軍務に関しては彼のほうが経験が深い。
「父上。俺に兵を与えてください。必ず短期間に叛徒どもを蹴散らしてみせます」
 カザン王は自らの長男をじっと見詰めた。オルファンも瞳を父に向け、視線を受け止める。
 沈黙が続いた。
「うむ」
 王の一言で王国軍の作戦は決した。叛乱の初期段階での鎮圧。王国軍の動員も未完成であったが、これ以上の叛徒の増大を防ぐ前に内乱を終結させることに決まったのである。
「マクセンティウス」
 王は王国軍元帥かつ王家直属の騎士団長である男を呼びかける。
「はっ」
 中年の武人は野太い声を出し、自らの主君に頭を下げた。
「オルファンを補佐してやってほしい」
 こうして副将が決した。
 諸将がテーブルの上に広げられた地図を指差しながら、慌しく話し始めた。すでに作戦の細部を煮詰める段階に入っている。大方針が決した以上、あとは部下に任せるのが王国のやり方である。
 オルファンは立ち上がると、軍陣へ挑む準備をしようと向かっていこうとした。
 だが、そこに呼びかける声がした。
「兄上」
 視線をまわすと、ラーカスが視線をこちらへと向けている。
「なんだ?」
 ぶっきらぼうな口調で答える。実際、この二つ下の弟との兄弟仲はあまりよくない。というより、オルファンはこの弟が何を考えているのかよくわからないことがあった。
 ──内心で怖れているといってもいい。
「ちょっと内密に話が」
 オルファンの感情を気にすることもなくラーカスは言った。仕方なくオルファンは頷き、二人はやや離れた場所へと移動する。
「なんだ? 出陣の準備に忙しいのはわかるだろう?」
「この戦い」オルファンの言葉を無視してラーカスが言った。「ぜひとも負けて欲しいのです」
「何っ!?」
 オルファンは絶句した。


 数日後、王国軍は一千の兵で王都を発した。主将オルファンが率いる軍団は、南下していく途中で合流してきた貴族の軍勢を集めていき、やがて四千に達すると、レッシェンバッハ領へと攻め入ったのだった。



ACT3.パヴェーヌ会戦


 レッシェンバッハ領の北端、マイセン伯領と接するそこには、一つの村があった。
 パヴェーヌという小さな村。歴史に登場することはまずないだろうと思われたその村に近くで、王国軍と叛乱軍が激突した結果、戦史にその村の名は記されることとなった。
 だが、レッシェンバッハ候ベルゲンにとって、その戦いは不本意な形で始まったのだった。

 ベルゲンは軍馬の上で地平線に広がる土煙を睨みつけていた。彼の背後にある二千の兵士たちも、主将に倣っているはずだ。
「王国軍……早いな。しかし……」
 臍を噛む。合流を果たそうとしていたマイセン伯軍がまだ何処にもいないのである。
 この両軍が合流してから侵攻してくる王国軍に決戦を強要する、というのが叛乱軍の作戦計画だったのである。地の利はこちらにある。補給もまた、当然地元のこちらが上。敵は遠征の疲労を回復することもままならぬまま、決戦に巻き込まれることだろう。同数の兵力ならば、勝ちは約束されたようなものだ。
 だが……いま、その計画は、崩れた。
 苛立たしく背後に従う将たちに尋ねる。いずれもこの辺りの領主の者たちである。自ら出陣してきた者もいれば代理をよこしてきた者もいる。だが、ベルゲンはそのほとんどの顔に見覚えがあった。
「マイセン伯殿はまだ来られないのかッ!?」
 昨夜から何度目か自らも覚えていない問いを発する。だが、将たちは困惑した表情でかぶりを振るのみであった。
(どうしたというのだ……伯。もしや臆したのか……)
 ベルゲンはかぶりを振る。まさかこの期におよんで臆するほど、友は柔弱な男ではない。今迄何度と無く、近隣諸国との戦争でともに辛苦を分かち合ったのだ。
 ならば、何故?
 だがベルゲンがそう考えている間にも王国軍はどんどんと近づいてきていた。さらに敵軍は、陣形を縦長の移動用から横へ広がった戦闘用に整えだしていた。
「ええいっ。もはや、構わぬ。このまま王国軍を迎え撃つことにするッ!」
 ベルゲンは覚悟を決めた。たとえこちらは敵軍の半数に満たないとはいえ、地の利はこちらにある。まだ敗北が決まったわけでもない。
 両者の将帥の技量が、会戦の行方を決することになるだろう。


 両軍は陣形を整えて後、小細工なしに正面より激突していった。もっとも、この時代の部隊への指揮統制能力の低さから、敵軍を視認している段階で小細工を弄することなど出来ない。
 長い槍を構えた横隊が一斉に前進を開始していった。それらが様々にぶつかり合い、何度も押し合っている。死傷して倒れた兵士の背後に位置する予備兵が前進し穴を防ぎ横隊を守っていく。兵士は黙々と槍で向こう側の相手をつつき続けるしかない。戦線はあちこちで膠着していく。
 後方に位置する青銅の大砲が火を噴き、それらが落下した横隊の兵士が吹き飛ぶ。もっとも、この時代の砲は単に鉄の丸弾を投げるに過ぎないので、それほど死傷者が出るわけでもない。弾に当たった兵士は、相当な不運であったといえよう。命中率も悪く、しくじって味方の側に落下する弾すらある。
 マスケット銃の銃士がお互いに膝撃ちの射撃を開始している。しかし、銃の命中率の低さから、こちらも決め手となることはない。むしろ、伝統的な弓兵のほうが奮戦しているといえた。
 結局、様々な新兵器が大陸より伝えられているとはいえ、まだ戦いは肉弾戦が中心とならざるを得ない。
 騎士の集団チャージ(突撃)は、いまだ最強の戦闘力を誇っているのである。


 その騎士たちを束ねているオルファン王子は、まだ突撃の命令を下してはいなかった。
 彼は王家の白銀色の鎧をつけ、銀色のマントを翻し、聖剣を腰に差す。白馬にまたがっている彼は、華麗とよぶほかない威容を持つ。戦場で絶望に捕われることの多い兵士たちのカリスマであり続ける必要性が、司令官にそのような華美な軍装を強いていたのである。
 だが、一見して自信満々な態度を見せている彼の心中は、いま迷いの中にあった。
(この戦い……負けろ、だと?)
 出陣前に弟に言われた言葉を脳裏で反芻する。
 なぜだ? と、問うた彼に対して、ラーカスは答えた。「今はまだ話せない。だが、必ず最後には勝利することを約束するよ」
(勝利、だと。確かにそうかもしれない。だが……)
 もしここで敗北したら、自分の戦歴に傷がつくのは明白であった。
(あるいは、奴はそれを狙っているのか?)
 オルファンはラーカスが自らも王位を望んでいることを知っていた。そしてそれは己を蹴落とす以外に実現しようの無い野望であることも。
 もし、ここで自分が敗北し、ラーカスが勝利する事態ともなれば……。諸将も父上も、ラーカスに王位を望まないとは言い切れない。
(考えすぎだ……。幾らなんでも、それでは単純すぎる。しかし……。ならば、なぜ奴は……)
 迷いの中にあった彼を覚ましたのは、副将マクセンティウスの一言であった。
「王子、ご決断を。すでに我が軍も敵軍も動きが留まっています。いまこそ──」
 最後まで言わせなかった。オルファンは視線を副将へと向ける。
「わかっている。いまから、命じるッ!」
 ええい、ままよ──オルファンは弟の言葉を無視することに決めた。やはり俺は目の前の敵を叩きつづけるほうが性に合っている!
 両軍がぶつかり合っている戦線へと視線を素早く走らせる。その時、彼は戦線の一部にほころびがあるのを発見した。天性の名将のみが察知できる戦場のダイナミズムの中にあるエアーポケット。そこを突けば敵軍すべてを崩壊させることが出来る決勝点。
「あそこだッ!! あそこに全軍で突撃する。我に続けぇーーーーッ!!」
 オルファンは指を敵軍の部隊の一つに向けると、白馬の腹を蹴った。愛馬はただちに主人の意を理解し、一声吼えると疾駆を開始する。
 騎士たちは戦いの興奮に駆られて雄たけびをあげながら王子に続いていった。


 その部隊は、マグラン準勲爵士家という小領主が率いる集団であった。
 貴族というより村長といったほうがいいマグラン氏が今回の叛乱に参加したのは、単に自分の領地がレッシェンバッハ領に取り囲まれているからに過ぎない。もし彼が王家への忠誠を誓ったならば、たちまち四方からの候の軍勢によって踏み潰されていただろう。
 兵士らも主のやる気のなさを知っているのか、適当に槍を振っているのに過ぎなかった。
 ベルゲンも彼らに期待することもなく、予備兵団として戦場の半ばに放置しているに等しかった。おそらく彼らの存在すら忘れていることだろう。
 今、マグラン氏は愕然としながら、目の前の光景を見つめるほかなかった。
 土煙をあげながら、敵軍騎馬戦力の大半が自分の部隊のみを目がけて突進しているという事態は、いかに不幸の多い戦場であっても、そう滅多にあることではない。
 現実を受け入れようと氏の頭脳が働く前に、彼の部隊はたちまち馬蹄に踏みにじられていった。マグラン氏もまた、おそらく最初の突撃で斬り捨てられたと同時に、死体が見つからないまでに散乱させられた。


 オルファンを先頭とした王国騎士団の突撃は、硬直していた戦線を一片させた。
 まるでバターをナイフで切るようにやすやすと叛乱軍を両断したのである。
 その結果、分断されている両方とも、浮き足立ってしまった。指揮官の制止の声を無視して、兵士らが次々と壊走していく。
 ベルゲンは唖然としながら、自分の軍勢が過去の遺物と化していくのを見守るほかなかった。
「殿……もはや……」
 部下が告げる声がする。だがそれもどこか非現実的な感触がした。頭がくらくらしてくる。
「オルファン。奴は……あそこまでの名将だったとは……あれは……戦いのための生まれたような男、だ」
 もしあの男が王となったら、あるいはヴェイトス島を武力統一することも不可能ではないかもしれない、そうベルゲンは思った。
 しかし、今はヤツは俺の敵だ。
「この戦い、まだ始まったばかりです。マウーラ藩王殿の援軍があれば、まだまだ戦えます。ここは撤退を」
 部下の言葉に力なく頷く。ベルゲンは半ば部下たちに引きずられるように己の城へ向かって馬を走らせることとなった。


ACT4.真相


 会戦に参加した兵士達。
 ベルゲンやオルファン王子、カザン王といった敵味方の指導者達。
 さらに都の酒場で戦いの噂を話し合っている市民たち。
 そして諸外国の外交官たち。
 いずれも、首を捻って一人の男の居場所を知りたがっていた。


 マイセン伯リヒャルドはどうしたのだ?


 そのリヒャルドは、今、暗い部屋の中で一人の若者と対峙していた。
 窓すら黒布で覆われ、目の前の若者の姿はぼんやりとしか見ることが出来ない。
 その名前も知らない地方都市へと彼を乗せた馬車は運ばれ、そこから衛士に入れられた部屋で目の前の若者と対面したばかりである。
 すべては極秘のうちに行われていた。
「マイセン伯。ごくろうであった」
 若者は答えた。伯は頭をそっと下げた。
 彼のような大貴族が頭をさげるほどの人間は、ヴェイトスといえどもごくわずかしかいない。若者は当然といった様子で伯の禿頭を見下ろしていた。
「候の叛乱は失敗に終わったようですな」
 頭をあげてから伯爵は目の前の若者に阿るように言った。
「最初からそうするつもりだった。違うか?」
「はい。あの男、昔から単純なのがとりえであり……政治家としては致命的な欠陥でした」
「ふむ」
 若者は眼鏡の奥の瞳をじっと伯爵の顔に向けている。表情を伺えない非人間的な瞳。この自分の息子よりも若い若者に、伯爵は恐怖すら感じていた。
「不満の根はもとから絶たなくてはならないからな」
「そうですな……ラーカス王太子殿下」
 ラーカスと呼ばれた若者はふん、と鼻を鳴らした。
「父上が亡くなられた後、必ずわが王国は内乱に突入する。いや、この僕が突入させる」
「…………」
「その時に、あの男が生きていてもらっては困るのだよ、伯爵」
 マイセン伯は必死に頭脳を働かせていた。
 もはや、王の崩御ののち内乱は必至と王子は見ているようだな……どちらも野心の塊のような若者だ……才能と覇気のある若者ゆえに。何より、もはやこの兄弟とも、どちらももう退くことは出来なくなっている。おそらく即位したのち、まずする事は玉座にとって危険なライバルである相手を殺すことだろうから。自分が生き残るためにも、戦うしかなくなっている。
 結果、王国の内乱は避けられない。そして、その時にレッシェンバッハ候のような有力貴族が叛乱を起こしていたら、戦いはどう転ぶのか予断を許さなくなる。三つ巴の戦いの行く末は神のみぞ知る、だろう。
 だが今なら、叛乱を起こされても王国軍はたやすく鎮圧することが出来る──。
 そのために、このわしを……ラーカス王子は……。
「出来れば、最初に王国軍が偽装敗北していたら、さらに叛乱に参加する馬鹿者が増えていただろうに…。兄上の蛮勇のせいで、ついでにゴミどもを片付けるチャンスを失ってしまった」
 伯爵の思案はラーカスの言葉でさえぎられた。
「伯よ」
「はっ」
「この僕が王に就いた暁には──」
「旧レッシェンバッハ領はすべて、このわしに……」
「そういうことだ。さがるがいい」
 マイセン伯は再び、未来の主君に頭をさげると部屋を退室していった。


 残された部屋で、ラーカスは独りごちた。
「ふん……言い忘れていたよ。伯爵、君は悪いことを知りすぎているのだ。僕が王に即位して最初に所望するのは──」眼鏡の奥の瞳がぎろりと動き、唇の端を吊り上げた。「貴様の首だ」



ACT5.折れた剣



 ベルゲンは、再び目の前に広がる光景を眺めていた。
 あれから増強された王国軍は、城を十重二十重に包囲し、城門への攻撃を開始している。
 その中に、マイセン伯の軍旗を見つけた時には、侯爵は愕然とした。伯はいち早く王国軍に帰順したようだった。
 いくつかの城の塔は落ちた様子だった。黒煙が天へと立ち登っている。
 じきに敵軍は城の内部へと入り、本城にて最後の戦いが行われることだろう。
「結局……誰も助けに来なかったな」
 ベルゲンは天を仰いだ。自分が、この世界のあらゆる勢力から見捨てられていることを悟らざるを得なかった。


 城に戻ってから、ベルゲンはただちにマウーラ、ヴェイトス、トキノミヤコへと援軍の使者を送った。
 その中の、トキノミヤコは完全に無視した。
 ヴェイトスは、市長から丁重な断りの使者を帰してきた。
 そしてマウーラは……送った使者の首が城門へと投げられてきた。


 その頃、アングリマーラ宮廷では、一人の少女が藩王に報告をしていた。
「おっしゃるとおりにいたしました、陛下。かの男は、我が軍の動きを期待して、叛乱を引き起こしました」
 少女は先日にベルゲンと会談し、藩王の意向を告げた者だった。
 名をメルティスという。
「ふむ。愚か者にも、さほどは使い道があろうというところじゃな」
 メルティスが対峙する老人──アングリマーラ藩王フォカロ・ダージリンは、うっすらと目を細める。
 彼女はこの人間の男が苦手だった。どこか薄気味悪い。
 最近、黒魔団へと入隊した少女は、まだ王との謁見はそれほど多くはない。だが、その蛇のような瞳で見つめられるたびに、レオタードごしに裸を見透かされているようで、ぞくぞくと背筋が震える気分になる。
 藩王が笑った。メルティスはぎくっと顔を強張らせる。まさかガンディア人の読心術を使われたのだろうか。
 違った。藩王が笑ったのは己の策の成功についてであったようだ。
「ホッホッホッ…。しかしこれでかの王国に余は貸しを作ったわけだ。それも、二つ」
「二つ?」
「そうよ」藩王は機嫌がいいのか、メルティスの不躾な問いにも答えた。「一つは言うまでも無いな。余が援軍を送らなかったこと」
「はい」
「そしてもう一つは……余が叛乱を起こしてやったこと。連中も余計な貴族どもを片付ける口実が出来たというわけだ」
「っ!!」
 メルティスは愕然として目の前の陰謀家を見つめる。
「さらに、仮に叛乱が成功していたら、いずれは余に服従するしかない属国が一つ増えるというオマケ付き。どちらに転んでも余にとって困らない」
「…………」
「メルティスや。これが政治というものだ。覚えておくがいい」
 そんなのすぐに忘れたいわ、と妖魔の少女は正直思った。


「閣下。スパイの報告によれば、クリスティア王国の叛乱は終息に向かいつつあるようです」
 ヴェイトス市の市長執務室でマケジト・カイワンは部下の報告を聞いていた。一等書記官のその男は、市が諸外国に送っている諜者を束ねるスパイマスターの地位を与えられていた。
「ほう。早かったですね。さすがにクリスティアはそう簡単には崩れませんか」
 部下に対しても、つい敬語を使うのは、カイワンの癖であった。書記官はそれに慣れているので報告を続ける。
「もはや城が落ちるのも一日二日といったところでしょうか」
「ふむ。では、王都へ戦勝を祝す使者を送ることにいたしましょう。多分、今から送っても、陥落のほうが先になるだろうがね」
「議会へはどうご説明を?」
「先に送っておきなさい。議会には私が直々に話すことにする」
「かしこまりました、元首閣下」


 レッシェンバッハ候ベルゲンの死については諸説が入り乱れている。
 それは城の陥落時での混乱が大きかったゆえにである。
 一番多かった説は、ベルゲンは雄々しく戦っているうちに、満身に矢を受けて倒れた、というものである。
 つぎに多かった説は、ベルゲンの首を持参すれば助かると思った部下に襲われたというもの。
 あるいは、異説として城から逃亡しようとして、農奴に殺されたというものもあるが、歴史家の大半はそれを無視している。
 何人かの騎士が、ベルゲンを討ったことを司令部に報告しているが、いずれも別人のようである。
 どちらにせよ、候の死体は見つけられないまま、レッシェンバッハ城は炎の中に燃え尽きてしまった。


 クリスティア王カザンI世は、目の前の使者の報告を玉座にて黙って聞いていた。
 使者は王国軍の本陣から送られたもので、城の陥落を告げているものだった。
「ごくろう。下がってよい」
 王が言うと、使者は一礼して謁見室から立ち去っていった。
 そこには今、王のほかには宰相のファード老、さらに衛兵たちしかいない。
「おめでとうございます、陛下。これで王国も安泰でございますな」
 ファードが告げる。王は表情の読み取れぬまま頷いた。
「そうだな。しかし、のぅファード。このような椅子を廻って、どれだけの血が流されたことであろうな?」
 王は肘掛けを指でゆっくりとつつきながら宰相へ尋ねた。
 ファードは玉座を見たまま、黙って答えずにいた。答えられずにいた。
「これまでも、そして──これからもだ」
 王は溜息をついた。
「臣は、陛下のご長命をお祈りいたします」
 ファードはそう告げるほかなかった。



 あとがき

 田○芳樹っぽい話です。
 クリスティア王国のお話が二回連続となってますが、別にここだけを使うわけではありません(次回は別のところですよ)。
 ふだん、あまりロールに出ることのない政治上層部の人たちのキャラを出したくって、こういう話にしました。
 特に、二人の王子NPCのキャラを立たせようと思いまして。ロールの参考にでもしていただければと。
 兄王子のほうは、項羽とかアレクサンダーとか呂布とかあの辺の人たちをイメージしてます。
 弟王子のほうは、特にモデルないですが……まあいろんな陰謀家の人をw

 ちなみにこれ、このサイトのスタートの一年前の話、ということにしてあります。いまは王国西南領は王家の直領となっている……という設定。
 まあ、この辺りはあまりロールで使われることはないでしょうね。


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