幻の水面 ショートストーリー劇場 「冒険者の危機」
作:ねこさん
これは、水魔法使いメルティスが冒険者として経験したとある一幕。
アングリマーラ藩王の命で仲間とともに地下遺跡を探索していた彼女。そこで体験したものは──
ACT1.トラップ
苔むした地下遺跡の床を革のブーツで踏みつけつつ、メルティスは先頭を歩く二人を見つめた。
左側を歩くのは、ルパート。幅広の剣に巨大な盾、そしてチェインメイルを身にまとう人間の戦士である。年齢は二十代の半ばくらいであろうか。黒い髪を伸ばし放題にしている。剣にはすでにモンスターの血で赤く染まっていた。
その右側はドワーフ族の神官ゴンド。こちらもチェインメイルを身に帯び、バトルハンマーを両手に握る。首にはドワーフ族の守護神である大地の神々を象ったメダルをぶら下げていた。さらにバイキングがかぶるような角兜をかぶっている。
そして自分の隣を歩いているのは女エルフの魔法戦士リサにホビットの盗賊エルク。リサは緑色のチュニックに細身の剣を腰に差し、さらに巻物をいくつか腰にぶら下げている。長く美しいブロンドの髪が印象的な少女であった。エルクは茶色の癖毛のあるでっぷりと太った顔の男で、身長が100センチに満たないホビット(小人)である。腰のスリングくらいしか装備していないため、戦いにはまったく役たたずであったが、その盗賊としての腕は、鍵、トラップのかかった扉、宝箱が充満している遺跡探索では欠かせない存在であった。エルクはカンテラを掴みながら、えっちらおっちらと歩いている。
そしてメルティス自身は白い肌に青い髪を肩まで垂らしている妖魔の少女であり、魅惑的な青いレオタードのみの姿であった。すらりとした形のいい素足をさらしている。腰のベルトには身を守るための鞭と、水の入った袋をいくつかぶら下げていた。彼女は<水>の魔術師であった。水のエレメンタル界を支配する魔神たちと契約を結んでいる。
五人のパーティで、遺跡を探索している最中なのであった。
「メルティス」
先頭を歩いていたルパートが立ち止まり、少女のほうへと振り向いて告げた。
「なに?」
「この先は、部屋に通じているようだ」
何度目だろうか、とメルティスは思った。すでにこの遺跡に入ってから、似たような会話を繰り返している。
彼女が冒険者らを雇ったため、自然と一行のリーダーという形になっている。
探索で手に入れた財宝は山分け。ただし、一冊の本のみはメルティスのものとする、というのが「暴虐の酒場」で冒険者らと交わした契約である。
その本──『カーラーンの書』こそが、主君であるアングリマーラ藩王フォカロ・ダージリンが彼女に遺跡から奪取することを命じた魔法の書物なのだ。
「そう……」
メルティスは視線を小人へと向けた。エルクは頷くと、裸足のまま素早く前方へと走っていく。トラップがないかチェックしていくのだ。
しばらく一行は足止まり、ホビットの若者が安全を確保しているのを待つことにした。
「なあ、メルティス」
戦士が訝しげな顔で水魔法使いの少女を見る。
「なによ?」
「その、カーラーンの書というもの、いったいなぜお前が必要としているのだ?」
戦士の言葉にドワーフとエルフも視線を合わせる。彼らも言葉にこそ出さないものの気にしていたのだろう。
「そんなこと、あんた達には関係ないでしょ」メルティスは唇を尖らせた。「私と結んだ契約に従って、言われたとおりに動けばそれでいいのよ」
彼らとはついさっきに酒場で一緒になったばかりである。メルティスが酒場の掲示板に詳しく書いた依頼に応じてきたのが、この四人だったのだ。
「わかった」彼もプロの仕事師であった。「しかし、せめて書物の見た目だけでも教えてほしい。間違って破壊したりしないためにもな」
「そうね」メルティスは頷く。「赤い革表紙の本よ。伝説の魔術師カーラーンの作と書かれているけど、実際は彼の名を騙る偽物が書いたみたい。でも、本物よりもレベルが高い作品だと言われているわ」
「ははあ。おそらくそれは魔神でも召還する方法が書かれておるのかのう」
神官ゴンドが胡散臭げに言った。
「それはご想像にお任せするわ」
メルティスは実際のところ、この書物の内容についてはほとんど知らされていない。彼女自身、魔術師としては低レベルであり、あまり知識があるとはいえなかった。むしろ、実践派に属するほうである。
魔術とは、メルティスにとって、藩王からの任務を遂行するのに便利な道具、以上の物ではない。
ほかの魔術師たちが、知識の探求──そのために己の人生や人格までも捧げる様は、この妖魔の少女にとって理解しがたいものがあった。
カーラーンの書についても、そういう危険な魔道書がどこかにあると噂で聞いたことがあるくらいしか知らない。
「でも、こんな広大な遺跡の何処にあるのか、すらわからないなんて──」
リサが不安そうに通路の奥を見ながら呟く。
一行は沈鬱な表情でホビットが向かった先を見る。
「みんなーっ、もうトラップを解除したよー」
子供っぽい声が奥からしてくる。メルティスはホビット族の青年が腕に持っているカンテラを振り回しているのが見えた。
「行こう」
ルパートが言うと、一行は奥へと進んでいく。
その時であった。
「うっ、うわぁっ、なんだよ、これっ。うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
エルクの悲鳴が通路にまで響いた。
「エルク!! どうしたエルク!!!」
ルパートが叫ぶと、剣を構えたまま奥の部屋へと突進する。
メルティスは顔を顰めさせた。おそらくトラップに引っかかったのだろう。彼女は暗鬱な予感を抱きながら走っていった。
そこで一行が見たのは、ホビットの青年が天井から降ってきた鋼鉄の槍に胸を貫かれている様であった。
まるで標本の虫のように、槍が上から胸を貫き、そこから両手両足をぶらぶらとさせているのだ。
恐ろしいことに、彼はまだ生きていた。
必死になって両手両足を振っていた。胸からの血が槍を伝わって床に広がりつつも。
「エルク!! しっかりしろッ」
ルパートが走っていく。神官ゴンドもそれに続いた。
エルクはルパートの顔を見ると、にぃっと笑って……目を閉じた。四肢の力がぶらりと抜ける。
ルパートはハッとして隣の神官へと向く。ドワーフはかぶりを振った。
「駄目じゃ。もうエルクの魂は──わしのレベルでは、もう……。今頃は、かの死神に誘われているであろかのぅ」
「くそっ。くそぉっ!!」
小人の死体の前で戦士は膝を折ると、ガントレットをつけた拳を床へと叩きつけた。
ACT2.幕間劇
あれから一行は遺跡をかなり先に進んでいた。
ルパートやゴンド、リサ、いずれもいったんヴェイトス市に戻ることを提案していたが、メルティスは無視して強引に進ませていたのだ。
「なあ、おやっさん」
ルパートは隣を歩くドワーフの耳元に顔を近づけると、そっと告げる。
「ん? なんだ?」
「後ろのメルティス……あいつを殺して、逃げないか?」
神官はハッとして静かに背後のメルティスの方へと振り向く。彼女はいま、隣のエルフと何か話をしている最中だった。こちらからはその内容は聞こえない。
向こうもそうであることをドワーフは願った。
「……どういうことだ? お前さん、その手の強盗まがいのやり口は一番嫌っているんじゃなかったのか?」
「そりゃあ、そうだけどよ」ぶっきらぼうな口調で戦士は言う。「あの小娘の言うとおりにしていたら、俺たち命がいくらあっても足りねえよ。いまなら、まだ帰るのは容易だ」
「ギルドはどうする?」
ゴンドが静かに告げる。ルパートは黙った。
「依頼人を殺害した冒険者など、もう誰も雇わないぞ」
「黙っていれば……わかるまい」
「そうじゃな。だが、記録には残る。依頼人を死亡させて自分たちだけで逃亡。さすがに殺害はバレまいが──わしら三人の誰かが裏切ってギルドに密告しなければ、な」
「……」
「悪いことはいわん。いまの話、わしは聞かなかったことにするぞ」
「なあ」ルパートが険しい表情でドワーフに言う。「もしリサが殺されたりしたら……」
ゴンドはルパートとリサが相思相愛の関係にあることを知っていた。いずれ二人が結ばれるときには、自分が結婚式の司祭となろうとすら思っていた。
「わかっとる。その時には──」
メルティスは前方を歩いている戦士とドワーフがなにやらヒソヒソと話をしているのを見ていた。
(どうせ、裏切りの相談でもしているんでしょうに……)
話の内容は聞こえなくても、その険しい──そしてどこか後ろめたそうな表情から察することくらいは出来る。
「ねえ、メルティス。聞いているの?」
隣のエルフの娘がしつこく話しかけてくる。メルティスはうんざりしながら生返事をする。
「ええ、聞いてるわよ」
「私たち、きっといい友達になれると思うのよ」
「私、妖魔だけど……」
リサは笑みを浮かべてそっと首を振った。
「そんなこと関係ないよ。私は思うの。すべての人が人種や宗教に関わりなく、ともに愛せる日が来ればいいな、て」
「貴女、ロマンティストなのね」
メルティスはそう評した。エルフの娘は首を振る。
「いいえ。充分にリアリストのつもりよ。私はエルフの森から出たのも、それを証明するため。一族は外の世界も知るべきなのよ」
「ふうん」
つまらなそうにメルティスは相づちをうつ。しかし、リサは気にすることなく、そっと彼女の手を握った。
メルティスはびくん、と身体を強ばらせる。
「安心して」くすっとリサは笑った。「私たち、友達になれる……よね?」
「うっ……うん」
「ありがと。私達、たとえエルフと妖魔といえども、きっと分かり合えると思う」
メルティスが曖昧に頷いたときだった。
自分を睨みつける視線に気がついた。
メルティスはそっと気配を探った。
前方、その奥からなにかが自分たちを睨みつけている。通路の先。暗すぎて見えない。
しかし、そこから貫通するように己へと注がれてきた悪意の塊のような視線。メルティスはぞくりと背筋に鳥肌がたった。
それを確認しようと足を速めようとしたとき、先頭を歩いているルパートの叫び声がした。
「おい、なんだ……この部屋は!」
ACT3.謎の二行連句
先頭を歩くルパートとゴンドが見つけたのは、巨大な玄室であった。
そこにはクリスタルの柱が四つほど建ち並び、その台座には不可思議な異国の彫刻が施されていた。怪物の彫像なども彫られており、どこか薄気味悪い。
そしてそれらが取り囲むようにして、真ん中には台座があり、そこに一冊の本が置かれている。赤い表紙のその本はまるで訪問者を歓迎しているかのようにその黄金の文字が鈍く輝いていた。
メルティスとリサも部屋へと入ってきて、その有様を見る。
「あの本……あれがカーラーンの書に違いないわ」
メルティスは近づく。そして四人は本が置かれた台座を取り囲むようにした。
書物は古びていたが、まだ読めるようだった。しかし、呪いやトラップが仕掛けられている可能性を考えて、誰も手に取ろうとはしない。
「こういう時に、エルクがいれば……」
ルパートが呟くが、もう後の祭りである。
「あら……」
リサが不思議そうに台座を指さす。本のすぐ下あたり。そこにはなにか文字が彫られていた。
「なにかしら……古代語?」
「解読出来る?」メルティスがエルフに尋ねる。彼女は魔術師のくせに、その手の学問が大の苦手だ。
「ちょっと待って……わかりそう……」
リサは一文字ずつ確認するようにして話し出した。
そは永久(とこしえ)に横たわる死者にはあらねど
測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの
その言葉を聞いたとき、メルティスはぞくっとした例の感触が再び自分を襲うのを感じた。
(なによ、これ……また、誰か私のことを見ている……)
それは少女期の自意識過剰ゆえ、かもしれない。しかし──
そこに立つ冒険者らも皆蒼白になって沈黙を続けた。まるで言葉を発したら、この碑文を書いた者の悪意が現実化するのではないかと恐れるように。
だが、やがてルパートが勇を決したようにメルティスへと告げる。
「……で、どうするんだ? この本を持てば依頼は終了なんだろ?」
ルパートの言葉に他の冒険者も一斉にメルティスへと振り向く。
彼女は内心で感じた違和感を口に出すことなく、
「そうね。じゃあルパート。持って頂戴」と告げた。
ルパートは頷き、静かに台座へと近づいていった。
両手で本を左右から掴むと、そっと持ち上げる──
その途端であった。
突如として周囲をけたたましいベルの音が鳴り響いた。
「……っ!? やはりトラップがあったのか!!」
「アラームの罠……モンスターが来るぞい!」
ゴンドが両手にバトルハンマーを握り直して叫ぶ。
それが早いか、確かにガチャガチャと鎧の鳴る音やぺたぺたと足音を鳴らす音が周囲からこちらへと近づいてくる!
「メルティス、受け取れ!」
ルパートは書物をメルティスへと投げると、己は腰の剣を抜いて両手で構え、音のしたほうへと向いた。メルティスは慌てて両手で受け取る。
「あぶないわねっ。落として破損でもしたら、どう……」
するのよ、という言葉を彼女は飲み込んだ。玄室の三方の扉がほぼ同時に蹴り開けられ、そこから剣と丸盾を構えたリザードマンの大群が部屋へと押し入ってきたのである。トカゲが直立歩行する様は、不気味としか言いようがない。
数は、十匹以上はある。さらに背後からの音はなおも増えている!
「くそっ。どうすんだよ!!」
ルパートが叫びながら、接近してきたリザードマンに向けて剣を構える。リザードマンは曲刀を振り回して突進してきた。ルパートの胸へと斬りつけられる。
だが鎖帷子がそれを防ぎ、彼は痛みに顔を顰めるものの生命には別状が無かったようだ。
「てめぇ、コラァ!!」
ルパートは右手の剣を振り落とした。それがリザードマンの首へと飛ばされ──斬り飛ばす。
首を失ったトカゲ人間は血を吹き出しながら後ろへと倒れていった。
だがそれは他のリザードマンを激高させたのみだった。一斉に一行に向かって襲いかかってくる。
たちまち剣戟の音が部屋を包み込む。
リサが呪文をぶつぶつと呟き、左手の指から魔法の火の玉をリザードマンの一匹へと叩きつけた。燃える胸を掻きむしってトカゲは床を這いずり回る。
だが、魔法をかけた直後で無防備だったリサへと一匹のリザードマンが忍び寄る。
メルティスは腰の鞭を抜くと、びゅんと振った。それが襲いかかろうとしていたリザードマンの足に絡みつくと、すかさずに彼女は鞭を引っ張る。バランスを失ったトカゲ男はその場に倒れ込んだ。
そこに、ゴンドのハンマーが振り落とされ、頭をぐしゃりと潰される。
「おい。嬢ちゃん、このままじゃわしらは……」
「わかってるわよっ。撤退しましょう!!」
メルティスは走り出した。さらにリサが続く。
二人の少女が出て行くのを確認したら、ルパートとゴンドがじりじりと扉へと後退していく。
「おい、ルパート。お前が先に行け」
「おやっさん……まさか……」
「行け!!」
ドワーフの気迫に押されたのか、ルパートは通路のほうへ向かって走っていく。
そしてゴンドも続いていき──自ら扉をがしゃりと閉めた。
そしてリザードマンどもに振り向くと、両手で掴んだバトルハンマーを胸の前に上げて構え、仁王立ちする。
「ここから先に、一歩も行かせないぞ、モンスターども!!」
リザードマンどもはげらげら嗤うと、一斉にドワーフに向かって襲いかかっていった。
ゴンドはハンマーをぶんぶん、と左右に振り回して近づくトカゲ男をはり倒していく。
しかし、それもいつまで続くであろうか……。
ACT4.壁の向こうにて
通路を走るのは、メルティスにリサ、ルパートの三人。
入り口へ向かってひたすら駆け続ける。
扉が開けられた。ぐらりと切り刻まれたドワーフの死体が床へと投げ出され、さらにそこから曲刀と丸盾を持つリザードマンの大群が冒険者らを追って走ってきた。
この追いかけっこは、たちまち持久力のあるリザードマンが勝ちとなった。
「も、もう駄目……走れないよ……」
メルティスが立ち止まり、激しい息づかいをして床にへたり込もうとした。
もう心臓が口から出てきそうなほど激しく暴れている。
「馬鹿!! 止まるんじゃねえよ!」
ルパートが顔を引きつらせる。だが、そんな彼ももう歩けそうになかった。
「ここで……迎撃しなさい。私が一つだけ、助かる方法を使えるから」
メルティスは二人に向かって命じる。リサとルパートは不安そうに視線を交わすと、頷く。
「どうするつもりなの? メルティス」
「いい作戦があるの」メルティスは視線をリザードマン達へと向ける。「私の魔法が完成するまで、守ってくれればそれでいいのよ」
「わかった。なるべく早くしてくれ!」
ルパートとリサはリザードマンへと向き直る。戦士は剣を抜き、エルフも細剣を構えて接近するトカゲどもを待つ。
メルティスはにやっと笑うと、水袋の一つの口を開き透き通った声でチャントを唱えていく。
「その水、厚き、高き壁となり……」
リザードマンの先陣がルパートたちと交戦する距離となる。狭い通路では二匹が限界なので、非力な人間側でも何とか防戦できる。
剣戟の音が響き、ルパートとリサの予想外の反撃がリザードマン達を怯ませる。
「我が前に立ちふさがり、あらゆる物を防ぎたまえ……」
メルティスは水の壁をイメージ化していく。すると水の袋が彼女のイメージに反応するかのように空間に広がっていき、通路を防ぐ壁となっていく。
ルパートとリサを壁の向こうへと置いたまま。
「!! な、なんだっ!!」
ルパートが自分の背後に出来た水の壁に驚愕したようだった。もっともメルティスにはもう彼の声しか聞こえない。
「メルティス!! た、助けてッ!!」とリサの声。
「御免なさいね」メルティスはくすくすと笑った。「言ったわよね。『私が』一つだけ助かる方法って」
「騙したな!! 俺たちを、囮に使って……騙しやがったな!!」
ガンガン、と壁が叩かれる。剣によって。おそらくルパートの渾身の一撃であろう。しかし、水の壁はびくともしなかった。
その音がすぐに、彼の悲鳴へと変わった。リザードマンに背後から襲われたのだろうか。
「お、お願いッ。メルティス、ルパートが……彼が、死んじゃう!! た、助けて! 私、何でもするから!! 彼だけでも……助けて!!」
エルフの涙声での訴えを聞く。だが妖魔の少女は苦笑するのみである。
(私が人間どもに同情すると思ったら、大間違いよ。お馬鹿さん)
「お願いっ。私を信じて!! 結界を解除してぇぇっ!!」エルフの娘の叫びはなおも続く。「友達じゃないの!!」
「はぁ? 勝手に友達扱いされても、迷惑なんですけど」
メルティスはエルフの娘の身勝手な言葉にカチンときて、出来るだけ冷淡な声で答える。
壁の向こう沈黙が続いた。
メルティスは諦めたのかしら、と思った。
違った。
エルフの娘が呪文を唱えていく声がする。それが火の矢の呪文であるのにメルティスは気づく。
「こうなったら……あんたも道連れにしてやるわよ!! 妖魔のカスめ! 水の壁を破壊してやる!!」
エルフの娘の憎悪の叫びがメルティスまで届く。メルティスはそこに含まれた憎悪の深さに、ぞくりと背筋が凍った。
と、そこに──
別の呪文が囁かれる声が壁の向こうから聞こえてきた。
いあ! いあ! はすたあ! はすたあ!
その声はくぐもった声帯から発されている。リザードマンどもの言葉であろうか。
さらにそれに、ルパートとリサの悲鳴が響く。がきり、という音がする。どうやら武器をねじり取られたようだった。
何かを掴む音。引きずられる音。二人の悲鳴。
「いやぁ!! やめ……やめてえッ!!」
「や、やめろぉ……リサを、放せええーっ!!」
ルパートの叫びはどうやら無視されているようだった。ぼかっと殴られる音。リサの悲鳴。メルティスは彼女の声に含まれた絶望的な響きにゾッとした。
いあ! いあ! はすたあ! はすたあ!
くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ
あい! あい! はすたあ!
トカゲどもの唱和がなおも大きく通路に響き渡る。その陰鬱な響きを聞くたびにメルティスは恐怖で足が震えた。
「キャアアッ! 駄目ぇっ!! や、やめてェーーッ!!!」
リサの叫びがする。びりり、と服を破られる音。ぺたぺた、と足音が響く音。どさっと何か肉が床に押しつけられる音。
「あうゥゥッ!!」
「リサアァァァァーーーーーッ!!」
ルパートの叫びがする。しかし、彼女からは悲鳴がやがて喘ぎ声に変わっていった。
「アッ……ハァアァッ……いゃぁっ!! いやゃああっ!! そんなに……駄目えぇーーーッ!!」
どうやら何匹かのリザードマンに同時に責められているようだった。
いあ! いあ! はすたあ! はすたあ!
奥より、ずるずる、と何かが引きずられつつ近づいてくる音。遺跡の主であろうか。巨大ななにかが粘液を擦りながら二人のもとへと近づいてくる、音。
「な、なんだあれは……旧支配者……そ、そんな……馬鹿な……っ!!」
ルパートが恐怖に満ちた声を発する。
もう、耐えきれなくなった。
メルティスは叫び声を上げながら、出口へ向かって一人走っていった。
彼女の背後の通路から、ミシッ、メシリッ、と何か肉がミンチになって潰されるような音がした。
おしまい
あとがき
しかし醜悪な話だ(苦笑)。
次回はヴェイトスの某NPCのお話を予定しています。