幻の水面 ショートストーリー劇場 「幸せのキャンディ」
作:ねこさん
ヴェイトス市の春のうららかなある日、『甘味処べたべた』のマフィンくんが体験したささやかな冒険。
ACT1.新しいキャンディ
甘味処店員のマフィンはうんざりとした表情を浮かべてカウンターに座っていた。
今日は日曜日。市民の多くが日々の仕事の疲れを癒しているが、ここ甘味処べたべたでは逆にこの日は稼ぎどころなのだった。朝から多数の客がやってきていて、その応対にてんてこまいである。
ようやくティアンからの団体客への接待が終わり、ほっとしている所であった。
まだ日も高いので、彼に店長が命じていた裏の仕事──求める客に身体を触らせるという身の毛もよだつサービス──は免除されていたが、それでも彼の御菓子をあしなっていながら肌が薄く見える制服を怪しげな視線で眺める客は多く、気疲れが絶えない。一応、プリンをイメージした腰布を前に垂らしているものの、それも薄く、少し動けばすぐに中を見せてしまう……ように作られている。チラリズムを計算された衣装。マフィンの大嫌っいな制服であった。
(まったく……なんって厭らしい目だよ。さっきの客──ありゃ、間違いなくホモだな)
少女にも見える幼い顔を顰めさせる。
そもそも彼は、マフィン・シフォンという芸名じたいが好きではなかった。
(俺はオセロット・ファングという格好いい名があるんだぜ。なのに、なんで客にわざわざ色目を使ったり、女みてぇな口調で話すように言われたり、こんな名前を名乗らされたり……)
「おいこら、マフィン!! なにさっきからブツブツ言ってやがる!!」
奥の部屋から店長の銅鑼声が響いてきた。マフィンはびくっと身体を強ばらせる。以前に受けた店長からの体罰の記憶が脳裏に蘇ってくる。
(いけねっ。いつの間にか声に出していやがった……)
慌てて弁護の言葉を探していた時、店に一人の老人が入ってきた。
「あ……いらっしゃいませー♪」
にっこりスマイルして首をやや可愛らしげに傾げ──そうするようにマニュアルで強要されていて──老人を見た。老人は魔法使いのように灰色のローブを身につけていたが、穏和な隠居人といった顔つきをしている。長い銀髪を垂らしていた。
「あ、いやいや。わしは客じゃないよ」老人は軽く手を振った。
「は?」
マフィンがきょとんとする中、老人がすたすたとカウンターへと近づいてきて、ローブの中から小さな袋を取り出すと、カウンターへと置いた。
「これは……」
「言い忘れておった。わしは御菓子ギルドの者だ。いつも貴店には世話になっておるのう」
「は、はい」
マフィンは老人の顔を失礼にならない程度に眺めながら、記憶にたどろうとした。
だが老人の顔には見覚えがなかった。
「で、先ほど新製品の試作品が出来ての。いつも世話になっている『べたべた』さんにお裾分けに来たってわけだ」
「は、はあ……」思わず地の声を出してしまう。
そこに店長が姿を見せた。五十代の屈強な身体をした店長は、客に怖がられるので普段は販売所までやってくることはない。
「これはギルドの方でありましたか。いつもお世話になっております」
揉み手をしかねない勢いで店長が言う。
「いやいや。お気遣いなく。このキャンディをわしは持ってきただけですぞ」
「それが新製品ですか?」
「ふむ。新製品『ラッキーデイ』じゃ。今までにない甘さを追求した一品。嘗めた者はあまりの美味しさに幸福感に包まれるキャンディですわい」
「ほう。それは凄いですな」
「この袋には、試作品10個が入っておる。よろしければ、宣伝で使ってやってくだされ」
「わかりました」店長が頭をさげると、老人はにこっとマフィンに微笑み、背を向けて店から出て行った。
(あれ……なんで店長じゃなくて、この俺に? まさかあの老人も俺の身体に興味があるのかよ。……でも、あの目……そんな感じがしなかったな……)
マフィンが思索にふけっていた時だった。頭をあげた店員が彼に命じる声がした。
「おい、マフィン!! お前これから非番だったな。もう店は上がっていいから、街の人、そうだな……特に街の有名人たちにこいつを配ってこい」
「は、はいっ」
マフィンはカウンターの上の革袋を掴むと、奥の着替え室へ向かって走っていった。
ACT2.武器屋ヘンルーダ
マフィンは店を出てからまずは馴染みの武器屋ヘンルーダへと入っていった。
彼は今はこっ恥ずかしい制服姿ではなく、茶色の私服姿である。これで少しは男らしくなったとホッとしている。
「あら、いらっしゃい」
店の扉を開けた時、レジに座っていた女性がマフィンを見てにこりと笑う。店の中には一人の蛮人風の男が斧を物色している以外は誰もいない。
「あ、マフィンくんじゃないの。どうしたの、今日は?」
「あ。いつもお世話になっています」
ぺこりと頭をさげる。
女性は長い茶髪をして大人っぽい笑みを浮かべる。やや腕には筋肉がつきだしているが、ほっそりとした体つきであった。
店の主人ディーバ・ダーナの一人娘カワワ・ダーナである。最近は父親の仕事を手伝うことも多くなってきている。
「まさか君の店で武器が必要ってわけでもないでしょうに」
「も、もちろんですよっ。今日はその……新製品のキャンディが出来たので、街の人に配っているんです」
マフィンはごそごそと袋の中に手を入れて、キャンディの一つを取り出す。
「あら? これを私に?」
「よろしければ、一つどうですか?」
「ありがと」
カワワはキャンディを受け取ると、店の奥に向かって呼びかけた。
「お父さんー、マフィン君からおいしそうなキャンディを貰ったわ。あとで半分こして分けましょう」
奥の仕事場から「ああ」という返事が届いてくる。どうやら何か武器を製造している最中のようだ。
(二人とも、仲がいい親子だなぁ。うらやましいや)
マフィンは少しほろりとしたのだった。
ACT3.獣使いギルド長
次にマフィンが向かっていったのはギルド地区であった。豪奢な建物が並ぶ通りを歩いていると、どん、と誰かとぶつかってしまう。
マフィンはその場に尻餅をついてしまった。
「あ、済まない……つい考え事をしていてな」
ハスキーな男っぽい声がする。マフィンは声の主を見た。それは銀色の髪をした女だった。荒っぽい毛皮を着ている。
「い、いえ……僕も不注意でしたから」
女が手を伸ばしたので、それに掴まって起きあがる。ぱん、ぱん、と尻の埃をぬぐった。
「貴女は──確か獣使いギルドの……」
マフィンはその女性に見覚えがあった。街の最大の有名人の一人である。英雄の一人。かつて街を救った人物であった。
「ああ。アシッドニー・ウェアウルフさ。よろしくな」
気っぷのいい笑みを浮かべる。マフィンはぺこりと頭をさげる。
「先ほど、考え事、と言ってましたが……」
「ああ、ちょっとね。まったくこの歳になると心配事ばかりが増えるよ。ナインテイルも内部じゃいろいろとあってな」
ナインテイルとは獣使いギルドの名前である。噂によれば、フレンダー派とアイテニー派の争いが絶えないという。彼女が一人で両者を抑えているが、それもいつまで持つかわからない。
「そうなんですか……。あ、ちょっと待ってください」
女が立ち去ろうとしていたので、マフィンは慌てて制止する。
「……?」
「いま、うちでは幸福を呼ぶキャンディを配っているんです。一つ、食べてください」
「へえ。おいしそうだな」マフィンが取り出したキャンディを見ながらアシッドニーは笑みを浮かべた。
「そうだな。その幸福……わけてほしいな。じゃあいただくよ」
包装紙を取ってアシッドニーはキャンディを口に含む。すぐにアシッドニーは顔を綻ばせる。
「旨いぞ、こりゃ……ありがとう」
「いえ、どういたしまして。甘味処をよろしくお願いします」
マフィンはぺこりと獣使いギルド長の女に頭をさげた。
ACT4.薔薇十字騎士団長
マフィンはいつしか街外れの練兵場にまで歩いていた。
そこでは大勢の兵隊たちが士官からのしごきを受けている。グラウンドではランニングをする兵士から模擬戦をさせられている兵士までいろいろだ。
(うわっ。汗くせえ……でも、こういうところが男の場所、だよな)
わざと男ぶりたい年頃のマフィンはそう思った。つい近づいて見ようと中へと歩き出していた。
「おや、お前は……兵士ではないな」
突然、横から呼びかけられ、マフィンは立ち止まると、声の主へと振り向いた。そこには銀色に輝く鎧兜をつけた中年の男が立っていた。鎧の装飾からして、高位の司令官であることは間違いなかった。
「はっ、はい。ついちょっと好奇心で……ごめんなさい」
「ははっ。謝ることはないさ。ここは市民にも開放されている。訓練に来る冒険者も多い」
マフィンはホッとすると、男を観察した。男は五十代のようで立派な髭を持っている。だがこんな重い鎧をつけていながら、その動作は軽やかだ。
その顔を見ていて、マフィンははたと気づいた。この人は──
「しかし、こいつら……市民軍はまだまだ使い物にならないな。まったく、諸外国の圧力が強まっているというのに、頭の痛いことだ」
男は厳しい表情で訓練をしている兵士を観察しながら慨嘆した。
「やはり我が薔薇十字が奮戦しないとならないか」
と、その時、一人の若い騎士が近づいてくる。
「騎士団長。誰です、この子は」
近づいてきた騎士が胡散臭げにマフィンを見る。
(ああ、やっぱり。この人は薔薇十字騎士団のアルター司令官に違いない)
有事にはヴェイトス軍の司令官を務めている騎士団長である。島全土でも聖騎士パラディンの称号を持つ数少ない人物でもある。
アルターは、彼はいいのだ、と部下に告げる。
「あ、あのっ。僕、甘味処のマフィンといいます。今日は新作のキャンディを配っているんですっ」
「ほう。あそこか……」
騎士団長が知っているのは意外だった。マフィンは袋からキャンディを一個取り出して、騎士団長へと渡す。
「ありがとう。受け取っておくよ」
アルターは受け取ると、鎧のポケットの一つへと入れた。
ACT5.月見野桜
再び街のほうへと戻っていたマフィンは、「あら、なんだ、マフィンじゃないの」という少女の声に足を止めた。
振り向くと、そこには店の同じ店員である月見乃桜が立っていた。彼女は今は非番のようで、いつもの和服とも中華服ともつかぬ制服ではなく、私服のままだ。
いつものようなツインテールではなく、髪もほどいているので一見して別人に見える。
ずっと大人っぽく見えた。
「なんだは余計だろ。ツキミノ」
彼女の前では素直になれず、つい悪ぶって答える。
「ふうん。あんたも今日は非番なわけ?」
「違うよ。ちょっと仕事で街をまわっているんだ」
と、キャンディのことを話した。
「へえ。幸せを呼ぶキャンディ、か……。ねえ、私にも一つわけて頂戴」
「ええっ!?」
「ほら、有名人に配っているんでしょ?」
「どこに有名人がいるんだよっ」
「こ、こ、に、★」
月見乃は人差し指で自分の顔を指さしてにこっと笑った。
マフィンは呆れたような顔になる。
「ほらほら、ぼうっとしてないで、お仕事お仕事」
「あっ、こ、こらっ……勝手に……取るんじゃねえ!」
叫ぶと慌てて袋を押さえようとするものの、13歳の彼の力では彼女には敵わずに、あっさりとキャンディを一つ取られてしまう。
「あら……美味しいーっ。こんなのこれから作るんだ。私も買うことにしましょ!」
月見乃はにこにこしながら、キャンディをしゃぶっている。
「あ〜あ。知らねえぞ……たく」
ACT6.暴虐の酒場店主
いつの間にかマフィンは暗黒街にまで足を運んでいた。
(しまった……つい歩きすぎちまった。こんな処を歩いていたら──)
案の定、向こうから革ジャンにスパイクをつけた若者たちが歩いてくる。
「おっ、あのガキ。確か甘味処の……」
若者の一人がにやっと笑った。マフィンは男の嗜虐的かつ凶暴な瞳にぞくりと震える。
慌てて横へ走り出して、どこかの店へと入っていった。
そこは──酒場のようだった。まだ昼間ゆえに薄暗い店内には人気はそう多くはない。一人の青いレオタード姿の少女がカウンターで何やら毒々しい紫色のカクテルを飲んでいるくらいだ。
店主が黙ってテーブルの上を雑巾で拭いている。禿頭のその中年男は、確実に人を何人かは殺しているに違いないと思える凄みを感じさせた。身長は二メートルちかい巨体である。
「おやっ」店主がマフィンが入ってきたのを見つけたのか太い眉をひそめた。「ぼうず。こんな処、おめえの来る場所じゃねえよ」
それを聞くと、くすくす、とレオタードの少女が笑っていた。
マフィンはかあっと赤くなる。背を反らして店主へ向かって大股で歩き出して、
「いえ。いま皆さんにキャンディを配っているんです! 店主さん、貴方もどうですか?」
さっと袋からキャンディを一つ取り出す。
「ほう」
店主はマフィンのその対応に驚きの表情を見せた。
「気に入ったぜ。最近の若い奴にはない胆の座り方だ。一つ、頂くとしようか」
店主が包装を解いて口の中にキャンディを放り込む。
「うめぇ。こりゃ絶品だ。下手な麻薬なんかより、よっぽど──」
その言葉にぞくっとしたマフィンは、慌てて出口へと駆けだしていった。
「し、失礼しましたっ。あとは、甘味処までどうぞっ!」
ACT7.暗黒街ボス
マフィンは暴虐の酒場から出てくると、どきどきと激しく鳴る心臓の鼓動を押さえるのに必死だった。視線を床に向ける。
「こ、こえぇ。やっぱ、こんな処、居るんじゃねえよ……」
だが、そこにマフィンへと近づいてくる男達がいた。
「おい、こら。そこのガキ。どきやがれ! ガンビエ・カルタリ様が通るところだ!」
マフィンが顔を上げると、そこには何人かのマフィア風の男に取り囲まれて、ドラコニアンの初老の男が歩いてきた。
慌ててマフィンは通路の横へと飛び退く。
「はっはっ。そんなカタギの少年を虐めることもない」
ドラコニアンは鷹揚な笑みを浮かべて、部下の一人に告げる。
「はっ」
先ほどの男はマフィンに対したのとは正反対の従順な姿を見せる。ドラコニアンはしかしもう男には興味を無くしていた様子で、マフィンをじろじろと見る。
「あ、あの……」
マフィンはどきまきしながら、袋からキャンディを一つ取り出した。
「ん? なんだね、これは」
「うちの店で今度作ることにしたキャンディです。あの……ガンビエさんにも、一つ」
それを聞くと、取り巻きが爆笑をした。ガンビエもにやにやと笑う。
「っ……ぼ、僕がなにか変なこと、言いましたかっ!?」
「いやいや」ガンビエは苦笑しつつ答える。「随分と勇敢なぼうずだと思ってな。このガンビエ・カルタリに、な。ははっ。部下の非礼はお詫びするよ」
ガンビエは鱗に包まれた手を伸ばして、マフィンからキャンディを取り出すと、包装を解いて口へと投げ込む。
「ボ、ボス。これが毒でないという保証は……」
「構わん。構わん。勇敢なぼうずの礼には礼をもって接するのがカルタリファミリーの掟だ」
マフィンは頭をさげた。
膝ががくがくしているのを押さえながら。
ACT8.召喚士ギルド長
マフィンは全力で暗黒街から走って出ると、ようやく普通の地区へとたどり着き、荒い息をしながらへたり込んだ。
「こ、怖かった。あんな場所、行くもんじゃねえぜ……」
汗をぬぐって立ち上がろうとすると、「おや」と男の声がした。
「随分とお急ぎだったようですね」
「えっ……い、いえ……」
男はまだ若いが、召喚士の制服をしていた。銀色の短髪で切れ長の瞳。なかなかの美形である。
「あ、あの……貴方は召喚士の方、ですか?」
「ほう」男は楽しそうにマフィンを見る。「ぼくは、他には何に見えるかな?」
「い、いえ。失礼だったら謝罪します……」
ふとマフィンはそういえば召喚士ギルドの長にもキャンディを配った方がいいと思った。彼も、25年前の大戦での英雄である。
「あっ、あの……これを」がさがさと袋から取り出したキャンディを男の手に向けて伸ばす。「ギルド長に。うちの店で新しく作った幸福のキャンディなんです」
「ほう」
男はなぜかにやにやと笑っている。マフィンは首を傾げた。
「わかった。渡しておくとしよう。いや、もう渡した、というべきかな?」
ははっ、と笑う。
「あ、貴方のお名前は──」
召喚士はマフィンの問いに、立ち去ろうとする足を一瞬止めると、告げてから去っていった。
「ぼくの名かい? 召喚士ギルド『ディアボロス』の長、プリシラ・オブシニアンさ」
ACT9.ヴェイトス市長
「うわあ……。すごい有名人だったじゃん。でも、なんであんなに若いんだろう」
マフィンは愕然としながら立ち去っていった召喚士の事を考えていたら、背後からさらに何人かの人の声がしてくるのを聞いた。
「──では、例のプランは実行に移すと」
「そうしましょう。それから、来週の参事会ですが、保守系には少し根回しが要りますね」
「はい。すでに党首らには事前の会合を開く準備をしております」
マフィンにとっては難しい大人の言葉が飛び交う。振り向いたマフィンはそこにヴェイトス市長が側近を連れて歩いてくるのを見つけた。
(あ……マケジト・カイワン市長だ。でも、こんなに近くで見るのは初めてだな)
マフィンはさっと市長に頭をさげる。
「おや。そこにいるのは、甘味処のマフィン君じゃありませんか」
市長が足を止めて、マフィンを見つめた。
「ぼ、僕のことを……知っているんですか?」
「ははっ。君自身は自分をどう思っているかは知らないが、君は意外と有名人だよ」
褒められているのかどうかわからない。マフィンはきょとんとしていた。
「あっ……そうだ。市長様にもこのキャンディをどうぞ。うちの店で作ったものなんです」
マフィンは袋からキャンディを取り出すと、マケジト・カイワンへと手渡す。
ボディーガードの男がさっとキャンディの包装を取ると、指の爪でカリッとキャンディを削り、それをぺろりと嘗める。
「大丈夫です、元首閣下」
マケジト・カイワンは毒味を終えるのを確認すると、ようやくキャンディを取り、ぽいっと口に放り込む。
「うむ。旨いね」
「は、はいっ」なぜか自分が褒められたように嬉しくなる。「今度、うちの店で作ることになった幸福を呼ぶキャンディなんです」
「ほう。幸福か」カイワンは頷く。「それは、私が市民に与えなくてはならないものだね」
はっはっ、と笑いながら市長は歩き去っていく。
ACT10.娼婦長
マフィンは色町のほうにまで足を運んでいた。まだ昼間も半ばなので、それほどひとは居ない。出勤前の女性がだらだらとした歩調で店へ向かう姿が目立つ。
(ああ……また、こんな処に。まったく大人ってなんで女なんか好むのだろう……)
月見乃のにやけた笑顔が一瞬浮かび、慌ててマフィンは首を振る。
「あら。かわいい子ね。まさか貴方が客ってことはないわよね。どこかの店に雇われている子?」
呼びかけられた方へと振り向くと、そこには四十代の中年女性が立っていた。あでやかなドレスを身に纏ってる。ややくたびれた印象があるものの、人の上に立つ人間の威厳とでもいうものを感じさせた。
「ちっ、違いますっ。僕は今、店の新製品のキャンディを街の人に配っているんです」
やや力んで答える。このような色町の人間と思われるのが癪だった。実際には、彼の店も似たようなサービスをしているから、なおさらムキになってしまう。
「あら、そうだったの」女はマフィンの顔を見てくすりと笑った。「それならば、良かったわ」
(良かった? どういうことなのだろう……)
マフィンはきょとんとして女を見る。なんとなく悪い人間には見えない。マフィンは袋の中へと手を入れると、キャンディを一つ掴んだ。
「あ、あの……貴女もキャンディ、どうですか?」
マフィンは女の手にキャンディを手渡す。すると女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「まあ。そんな歳で女にプレゼントを贈るだなんて、わかっているわねぇ」
「そ、そんなつもりじゃっ!?」
「いいのよ」女は両手で包装を取ると、キャンディを口へと運ぶ。「私は娼婦長のカーマよ。いずれまた会いましょう。もっとも──」
「……?」
「貴方がこの色街に来るのは、あと5年は待った方がいいでしょうね」
ACT11.魔女団長
(そうだ。大切な人を忘れていた。あの人にも、キャンディを渡さないと)
マフィンは市営の墓場へと走っていった。そこは静まりかえっていて、人生の終焉を迎えた者達がひっそりと眠っている。
墓石の列を一つ一つ確認していき、マフィンは一つの質素であったが立派な墓の前に立つ。
墓碑には、「アルカナ・テトラグラマン」の名が刻まれていた。
「アルカナさん……三大英雄の一人だっけ。そして、この前、市の危機を救ってくれたひと」
始祖吸血鬼の襲撃という最大の危機を、アルカナが命を盾にして救ったのは市民の間で伝説となっていた。
「でも、もう忘れられようとしている。でも、俺は──」
マフィンは袋から最後のキャンディを取り出すと、それを墓の前に置こうとした。
その時、彼の背後に足音がしてきた。
「……君は?」
女の声。マフィンは立ち上がり、背後へと振り向いた。
そこには一人の女性が立っていた。黒いコートに長い大鎌を持っている。
「あ、あの……僕……」
「わかっている」女は言った。「アルカナへ供養に来たのであろう?」
「は、はい」
「私が彼女のもとへそれを持って行こう。差し出すがいい」
有無を言わさぬ迫力に、マフィンは思わず握っていたキャンディを女の手に渡す。
女はにこっと笑うと、まるで霧のようにそこから消えていった。
「えっ!? ええっ!?」
マフィンが唖然として左右を見渡している中、女の声が響いてくる。
「我が名はアルエ。死出の門番──」
ACT12.最後のキャンディ
すでに日は沈もうとして、辺りは赤き夕闇に包まれている。
マフィンは空になった袋を手にして店へと戻っていく最中だった。
(ふう。結構疲れたな。でも、みんな喜んでくれたみたいで嬉しかった──)
空の袋を振ってみる。すると、カサカサ、と何かが中で動く音がした。
(えっ。十個しか無かったはずなのに──)
不思議に思いながらマフィンは中へと手を入れる。すると一個だけキャンディが残っていた。
(あの老人、間違えて一個多く入れたのかな……。まあいいや。じゃあ、俺が貰おう)
マフィンは袋から取り出すと、包装を解いてキャンディを口に含んだ。じわりととろけるような甘みが口の中に広がり、幸福感がわき上がってくる。
(うわっ。こんなに旨いものだなんて……生きてて良かったーっ)
なぜか気分までが明るくなってくる。つらいことがあっても、生きていこうという気になってくる。
マフィンは口笛を吹きつつ店へと向かっていった。
しばらく歩いていると、道の反対から見知った女性が近づいてきた。
「あ……」
それは月見乃だった。
「あ、マフィン。ちょっとあんたを探していたのよ」
「え!? 俺を?」
「うん」月見乃がすぐ傍まで来る。今彼女は店の制服を着ていた。さらに髪をツインテールにしている。
「店長、あれから念のためにギルドに問い合わせたんだけど……そんな老人もキャンディもギルドは知らないっていうのよ」
「えぇっ!?」
「それで、私はマフィンを探してくるようにって店長から言われて──」
マフィンはそれからの月見乃の言葉を聞いていなかった。沈みゆく夕日を見ながら、彼は考えていた。
(あの老人、ひょっとして、神様かなにかだったのかもしれない。みんなに幸福を与える神様かなにかかも)
舌にまだ少し残っているキャンディの甘みが、彼にそんな妄想を抱かせたのだった。
おしまい
後書き
NPCのキャラ作りです。一部のキャラの口調とかはわからなかったので、適当に創作しました。
また、ヴェイトスのNPCを主人公とした話はいつか作るつもりです。
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